新薬開発の効率化に向け、治験データを電子的に収集するEDCの普及が拡大している。ただ、症例報告書(CRF)を電子的に作成するためには、データを手入力しなければならず、製薬企業のモニターも医療機関を訪問し、原資料とEDCデータを照合する必要があった。こうした中、治験データの入力作業を大幅に削減し、EDCが抱える根本的な課題を解決する新たなソリューションとして注目されているのが、スウェーデンのアノト社が開発したデジタルペン&ペーパーだ。アノト方式のデジタルペンは、特殊なドットパターンを印刷した専用紙を用いることで、手書きした文字や図を瞬時にデジタル化。ペンに記録されたデータをUSBでパソコンに転送するだけでフローが完了する。治験データの入力・転記作業時間、モニター訪問回数を一気に削減するデジタルペンは、EDCを凌駕する強力なツールとなりそうだ。
新薬開発コストが高騰化する製薬企業にとって、治験プロセスの効率化は大きな課題。そこで、EDCに代わるソリューションとして、デジタルペンの活用が進んでいる。デジタルペンの優位性は、専用の特殊なドットパターンが印刷されたCRFを用い、医師の手書き文字をそのままデジタル化することによって、電子CRFを作成できることにある。
デジタルペンにはタイムスタンプ機能が搭載され、いつ、どの用紙の項目に何を書いたかというデータが全てペンに記録される。また、図表など、キーボードでは入力しにくい情報も簡単に取り込める。医師の手書き情報がそのまま電子CRFとなるため、データ入力の手間が省け、それに伴う転記ミスも大幅に削減できるというわけだ。
実際、スイスのアクテリオン・ファーマシューティカルズは、西欧・米国・オーストラリア・イスラエルで実施されている15の臨床試験で、約1300本のデジタルペンを活用している。医師は診察の流れを変えることなく、手書き感覚でペンに文字や図を記録。そのデータが瞬時にデジタル化。被験者やCRFデータの迅速な把握が可能となり、データの質向上につながった。
さらに、データ入力作業が大幅に削減され、承認までの期間が1週間ほど短縮した。金額に換算すると、期間短縮の効果は100万ユーロ(約1億1200万円)以上に相当するという。アクテリオンにとっても、デジタルペンで収集したCRFデータを事前に把握できるため、モニターの訪問回数が減少し、大幅なコスト削減を実現している。
アノト社セールス&マーケティング担当バイスプレジデントのエバ・オシュリィ・フォーレウスさんは、「手書き感覚で電子データが収集できるため、医師は入力に要していた時間を、被験者とのコミュニケーションに使えるようになる」と、デジタルペンのメリットを強調する。
一方、ベルギー・ソルベイ製薬のイタリア法人は、約1200人の患者を対象とした大規模疫学調査にデジタルペンを活用。臨床試験の経験がない開業医250人が参加した。医師は4ページにわたる専用フォームにデジタルペンで記入し、手書きで電子的にCRFを作成。USB経由でパソコンに手書きデータが電送され、ソルベイでの確認・修正を可能にした。
フォーレウスさんは「ITが使いこなせない医師にとって、手書きのデジタルペンはメリットが大きい。これまでのやり方では、開業医が参加する大規模疫学調査はできなかっただろう」と話す。デジタルペンによるCRFの作成は、電子データと紙ベースの記録保管をも同時に実現できる。既に米国FDAは、デジタルペンを用いた治験データを申請資料として認めている。それだけに、紙の申請資料を重視する規制当局への対応も可能となっている。
フォーレウスさんは「製薬向けのデジタルペンの需要は高まっている。データの正確性、効率性などを考えると、デジタルペンはEDCを上回るメリットがある」と力を込める。
アノト方式と呼ばれるアノトのデジタルペンビジネスは、パートナー企業への技術ライセンスによって展開している。既に世界40カ国300社を超えるパートナーを通じてデジタルペンを提供。日本では、日立マクセルとの合弁会社「アノト・マクセル」のパートナー企業がアノトコンソーシアムを設立し、デジタルペンの普及を図っている。
これまでEDCの導入よって、治験データの収集などについては、効率化が進んできているものの、データ入力の効率化という根本的な課題を解決するブレークスルーがもたらされることはなかった。電子カルテとEDCの連携も検討され始めているが、まだ現実的に高いハードルがあるのが現状だ。
こうした中、手書きの文字が瞬時にデジタル化され、CRFデータとして活用できるデジタルペンの登場は、治験プロセスの効率化に革命をもたらす可能性がある。しかも、手入力の手間が省けるばかりか、デジタル化されたCRFデータをリアルタイムで確認・修正でき、モニターの頻回訪問も必要ないということになれば、医療機関と製薬企業の双方にとって大きなメリットとなる。まさに理想とされていた治験環境が生まれる可能性がある。