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【研究戦略】クラウドファンディングに挑戦‐リソソーム病の治療薬開発を目指す

2016年09月16日 (金)

徳島大学大学院医歯薬学研究部創薬生命工学分野教授
伊藤 孝司氏

伊藤孝司教授

 徳島大学大学院医歯薬学研究部創薬生命工学分野の伊藤孝司教授らの研究グループは、インターネットを利用して広く社会から研究資金を募るクラウドファンディングの活用に踏み切った。遺伝子組み換えカイコを利用し低コストで生産した酵素をリソソーム病の治療薬として開発する研究に、獲得した資金を投じる計画だ。クラウドファンディングサイト「academist」で8月下旬から資金募集を開始。10月25日までに目標金額の100万円に到達すればチャレンジ成功。未達なら研究費は一切手に入らない。直近の達成率は30%強。果たして無事に研究費を獲得できるのか。

 クラウドファンディングとはインターネットの普及に伴って可能になった新たな資金調達手法だ。一般の市民を対象に事業の目的や意義を分かりやすく説き、少額の資金を不特定多数の支援者から幅広く集めることによって、事業の実施に必要な資金を確保する。国内では2011年に立ち上がったクラウドファンディングサイト「READYFOR」がよく知られるほか、研究者の研究費調達に特化した同サイト「academist」が14年4月からサービスの提供を開始している。

 伊藤氏は今年、徳島大学の学内組織からの誘いを受けてクラウドファンディングの活用を決めた。徳島大学は大学全体として昨年度から「academist」を通じて社会から研究費を獲得する取り組みを試行している。文部科学省から各国立大学に支給される運営費交付金は今後も減少すると見込まれるため、研究費の財源を国税だけに頼るのではなく、一般の人の理解を得て社会から広く獲得することも必要と考えたためだ。徳島大学では既に3件のプロジェクトが成功。4件目として伊藤氏に声がかかった。

遺伝子組み換えカイコ(農業・食品産業技術総合研究機構 瀬筒秀樹博士提供)

遺伝子組み換えカイコ(農業・食品産業技術総合研究機構 瀬筒秀樹博士提供)

 伊藤氏はこれまで、農林水産省のプロジェクトチームの一員などとして公的な研究費を獲得し、遺伝子組み換えカイコで生産した酵素をリソソーム病の治療薬として開発する研究に取り組んできた。しかし、そのプロジェクトは予定通り14年度に終了し継続されなかった。その後グループで科学研究費(新学術領域)に応募したが採択されなかった。

 「この研究テーマでは公的な研究費を獲得しづらかった。他の研究テーマでは様々な研究費を得ているが使用制限があり、この研究には転用しづらい」と伊藤氏は語る。こうした背景もあってクラウドファンディングの活用に踏み切った。大学研究者が研究を進める上で活用する資金といえば国税を原資とする科研費や、共同研究先の企業から得た研究費が通例で、社会から広く研究費を募ることはこれまではなかった。おそらく薬学部の研究者では初めての取り組みだ。

高額な医療費が課題‐低コストで安全に製造

 研究を通じて伊藤氏らが最終的に目指しているのは、リソソーム病の治療薬開発だ。細胞内にはリソソームという小器官があり、その中に含まれる約70種類の酵素が様々な物質を分解したり代謝したりしている。遺伝子変異によってその酵素の機能が欠損すると、分解・代謝されなかった糖質や脂質が蓄積され様々な症状を引き起こす。

 そのようなメカニズムで発症するリソソーム病は約40種類存在する。全世界の年間新規発症患者数は推定約5万人と少なく、難病に指定されている。かつては治らない病だったが、1~2週間に1回の静脈投与によって酵素を補充する治療法が開発され、90年以降治療が可能になった。

 とはいえ、まだ課題も多い。40種類のリソソーム病のうち国内では8種類の治療薬が臨床応用されているだけだ。患者1人あたり年間3000万円以上を要するなど医療費も高い。投与を続けるうちに中和抗体が出現し、投与した酵素の効果が弱まる場合もある。

 また、リソソーム病の半数以上は中枢神経で発症するが、静脈投与では酵素は中枢神経に到達しにくいため、中枢神経症状を伴うリソソーム病には効果は見込めない。この解決に向けて脳脊髄液中に酵素を投与して中枢神経に到達させる方法が開発され、現在複数の臨床試験が世界で実施されている。

 これらの課題を踏まえ伊藤氏らの研究グループは、遺伝子組み換えカイコに着目。遺伝子組み換え哺乳類細胞を使って酵素を生産しリソソーム治療薬として製品化する現在の方法に比べ、遺伝子組み換えカイコを使って酵素を生産する方が、より低コストで安全にリソソーム治療薬を製造できる可能性があると考えて研究を進めてきた。

 遺伝子組み換えカイコとは、絹糸を吐き出して繭を作るカイコの能力を生かし、遺伝子組み換え技術によって目的のタンパク質を生成できるようにしたもの。00年に農業生物資源研究所の田村俊樹氏が作製技術を開発し、発展を遂げてきた。大量飼育技術が確立されており、低コストで高分子量の糖タンパク質を製造できる。カイコからヒトに感染するウイルスや微生物は報告されておらず、安全性の面でも利点があるという。

 伊藤氏らが当面のターゲットにしているリソソーム病は2種類。その一つが、カテプシンAの機能を欠損し、生後数年で死亡したり10歳以降に視力に障害が生じたりするなど、多様な症状を発症するガラクトシアリドーシスだ。患者の多くは日本人。治療薬は開発されていない。もう一つは既に治療薬が存在し海外の患者数が多いムコ多糖症1型だ。

 伊藤氏らの研究グループは、14年度まで5年間実施された農水省のプロジェクトなどにおいて、目的の酵素を大量に生産できる遺伝子組み換えカイコの作製に成功した。さらに、その酵素が細胞に取り込まれるために必要な糖鎖を合成し、それを酵素に付加することに成功。その過程を経て生成した酵素は実際にリソソーム病患者由来の繊維芽細胞に取り込まれ、リソソームへと輸送されることも確認した。「カイコで生成した原薬を製剤化するための基盤技術がオールジャパンで確立されつつある」と強調する。

 実用化に向けて今後はこれら一連の研究を継続、発展させたい考えだ。現在は、遺伝子組み換えカイコを解剖し、目的の酵素が蓄積された絹糸腺を取り出して酵素を精製しているが、手間がかかる上、組織由来の夾雑物が多い。繭から目的の酵素を抽出できれば実用化がより近づく。製薬会社がカイコを飼育したり、カイコを製薬会社に出荷したりするのは非現実的。繭なら長期保存が可能で取り扱いが容易。夾雑物も少ない。

 クラウドファンディングで得た研究費をもとに、遺伝子組み換えカイコの繭からカテプシンAなどを精製し、その酵素を欠損するモデルマウスに投与して治療効果を調べる計画だ。研究費を獲得できれば12月から実験を開始し、来年3月の日本薬学会年会で結果を発表する見通し。中長期的には「公的研究費を確保したり、製薬会社やバイオベンチャーと共同研究を実施したりして引き続き研究を続けたい」と語る。

 伊藤氏は、クラウドファンディングは資金獲得だけでなく、研究内容やその意義を社会に広く知ってもらう機会にもなると実感している。取り組みにあたって、これまでは縁遠かったツイッターやフェイスブックを始めた。その結果、インターネットを通じてムコ多糖症患者との接点が広がった。「患者さんがどういったことを望んでおられるかを、より理解できるようになった。そんな広がりができたのは大きい」と話している。

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