1929年、高級美術印刷を手掛ける会社として、京都市で創業したNISSHA。その後、家電、携帯電話、自動車など様々な分野に参入してきたが、2016年にアメリカの医療機器の開発製造受託企業を買収し、メディカル分野にも進出した。将来的には連結売上高に占めるメディカル分野の割合を、5割くらいまで高めたいとする鈴木順也社長に、NISSHAという企業の特性や今後の展望などを伺った。
多彩なコア技術を融合し産業に貢献‐様々な業界に加工技術の価値を提供
――一般的な事業拡大のパターンとしては、それまで培った技術の周辺、あるいは延長線上にある領域に向かうケースが多いと思いますが、NISSHAの場合は少し違うような気がします。そこで、経営の基本となる考え方からお話しいただけますか。
鈴木 1929年の当社の出発点に着目してのご質問だと思います。創業当時は確かに印刷業でしたが、印刷の技術的な近接領域であるコーティング、フィルムや紙などを重ね合わせるラミネーション、様々な造形を実現するモールディング、少し異質ですが電極などのパターンを作るというパターンニングという技術、さらに精密な金属加工というように、取り扱うコア技術を多様化して今日に至っています。従って、決して印刷に関係することだけをやってきたわけではないのです。
積極的に姿・形を変えた、そしていわゆる広い概念で捉えた印刷は現在も行っていますが、狭義の印刷はほとんど手掛けていません。どの企業も、技術の拡大や品揃えの拡充をを図って生き残っていると思うのですが、当社の場合は印刷業ではなくて加工業だと思っています。そのような変化による成長を遂げてきたので、現在を語る際に創業の印刷まで逆流して注目することには少し違和感があります。
従って特定の業界に属しているという意識はなく、その時代の成長市場に参入して、競争力がある中間部品や加工資材をお届けする、そういう特性を持った会社です。
――自社の特性をどのように定義されますか。
鈴木 当社は適度に多様化した事業を運用していますが、共通している点の一つはBtoB。一般消費者ではなく企業がお客様というビジネスtoビジネス、ここは当社の基本です。そしてグローバルな企業グループであることが強力なアイデンティティーです。最終的な完成品を作ることは稀で、多くの場合は途中の中間部品、加工資材です。さらに医療機器や医薬品に参入して、CDMO(開発製造受託)という業務形態にも取り組んでいます。
取り扱う製品や加工技術は異なるものの、どの分野に参入しても生産技術や品質管理に強みがあり、異業種のお客様からのご注文でも引き受けられると自信を持っています。
それから、市場には必ず栄枯盛衰がありますから、業界がピークアウトして衰退に向かうと判断すれば、次の成長市場に乗り換えていくという特性があります。
2016年にメディカル分野へ進出‐米国で医療機器CDMO企業を買収
――多様な産業界を技術的な部分で下支えする、そのような企業イメージですね。それでは、事業の新しい柱となっているメディカルについてご紹介ください。
鈴木 メディカルという言葉には、狭義と広義があると思いますが、当社の場合は医療機器、医薬品、そして消費者寄りのヘルスケア製品、これらを総合して「メディカル」と定義しています。
――メディカル分野は医療機器からスタートしていますね。
鈴木 そうです。アメリカで医療機器のCDMOを行っている会社を、2016年に買収して立ち上げました。まず、対象市場の成長性と業界の競争構造などを調査分析して、当社が参入できる余地があるかを探りました。アメリカの医療機器市場は、高齢化や技術革新が進展していること、CDMOのニーズが非常に高いことが調査で分かりました。要するに医療機器メーカーが開発から製造までを全て自社で行うのではなく、私たちのような加工メーカーに外注していく傾向が、ますます強まっていると感じました。
典型的な例を申しますと、医療機器メーカーは主として最初のマーケティングと完成品の販売を自社で行い、設計から開発、承認、製造はサプライヤーが請け負うというビジネスを展開するチャンスがあると判断したのです。そこで、そのような事業を行っている会社を買収し、事業領域を拡大することにしたのです。
どういう市場や業界が成長しているのか、その業界の競争構造はどうなのか、CDMOのような分野が広がっていく可能性があるのか、いつも目を光らせています。良い商売のチャンスだと判断したら、投資戦略を策定し実行します。
――医療機器分野に参入して10年ほど経過しましたが、これまでの評価は。
鈴木 今までのところは、順調に進んでいると思います。当社は、アメリカ国内の医療機器CDMOというカテゴリーの中では、まだ中規模なプレーヤーですが、この10年間で後続の買収を続けることで成長することができました。
――この間、どのように展開されましたか。
鈴木 参入して分かったことですが、医療機器は品目が非常に細分化されています。製品の種類は多いです。従って、特定の分野で存在感を出していこうと考えました。当社が主要なターゲットにしたのは、低侵襲医療用の手術機器です。しかも単回使用(シングルユース)の機器です。これらをCDMOという立場で事業を拡大してきました。
1回ごとに使い捨てにするディスポーザブルタイプです。要するに、単回使用の低侵襲手術用医療機器をCDMOでお受けする、そういう事業領域を自ら設定したわけです。
――主にどのような疾患や臓器が対象になるのですか。
鈴木 お客様企業のご要望にもよりますが、消化器科、循環器科、婦人科、泌尿器科がありえます。ただ、ここでターゲットを絞るつもりはありません。当社の技術が生かせそうなら、ニーズに合わせて進めていくというスタンスです。
また、ありきたりの製造能力だけでは、お客様企業から注目されませんので、時にはスタートアップ企業に投資し、そこの革新的な技術を獲得して新しい提案を行います。
――工場はどこにあるのですか。
鈴木 付加価値が高い製品はアメリカ国内の複数の工場で、コスト重視の製品はドミニカ共和国の工場というように、役割分担しています。
高度な手術機器開発にR&D拠点‐国内では生体適合材料の受託も
――アメリカで新しい動きはありますか。
鈴木 テネシー州のナッシュビルにあるヴァンダービルト大学と提携して、付加価値の高い手術機器を開発するためのR&D拠点を立ち上げます。大学からスピンアウトしたベンチャー企業に、当社が出資したことが発端なのですが、ベンチャーが持っている技術を大手の医療機器メーカーに紹介したところ、受注が取れ始めてきたので、そこを強化しようとなりました。当社と地元大学と地元政府の三者が協調しての取り組みです。
――ところで、日本国内と海外の連結売上高の比率を見ますと、90%が海外ですね。この現状については、どのようにお考えですか。
鈴木 成長する海外比率をここまで高めてきたことに誇りを感じています。90%の中には医療機器もあれば、自動車から家電の部品まで、多様な製品分野が含まれています。しかもアメリカ、ヨーロッパ、中国などのアジアも含めて、それらの合計値で90%です。事業のグローバル化に着手した2000年頃、日本国内の市場は低成長の時代でした。当社のようなBtoB企業は、お客様業界が成長していないと、じり貧になりかねません。従って海外市場戦略を強化しました。
一方、売上高の海外比率90%というのは、日本企業としては少し大きすぎるという感じもあります。もう少し日本で入り込んでいく隙間がないのかという問題意識の結果として、国内の一般用医薬品のCDMOにも着手しています。
――医療機器の国内における事業展開については如何ですか。
鈴木 最近の事例を挙げますと、いわゆる生体適合材料、骨や神経など体の一部になっていくような物質で、高度管理医療機器に当たる製品を、他社から受託製造することが始まりました。
日本には材料分野で優れた研究開発力を持っている企業が多く、それを生かして医療機器に参入する会社が増えています。一方で、開発した材料を加工して最終製品まで仕上げることを当社で請け負います。
売上高の半分をメディカル分野に
――メディカル分野の将来像、これからの事業展開はどのようにお考えですか。
鈴木 当社の売上高のうち、メディカルは既に30%に達しています。中長期的には、医療機器を手掛ける「メディカルテクノロジー事業」をさらに伸ばすと同時に、国内の医薬品を手掛ける「新規事業」も拡大し、全社におけるメディカルの割合を、50%まで引き上げたいと考えています。
――今後さらにM&Aなども考えていかれるとは思いますが、メディカル分野への投資について、頭に描かれているものがあるのでしょうか。
鈴木 NISSHAグループ全体の事業ポートフォリオ戦略でいうと、メディカルは一つの大きな塊ですが、それよりも歴史が長い自動車向けの部品も重要で、投資していく分野の一つです。例えばガソリン車から電気自動車に変わる、あるいは自動運転に変わる、そういう境目の時期というのは、新しい技術が台頭してきます。そこに当社が貢献できる場面があるとすれば、投資する可能性がありますね。時代が変わる局面というのは、何かしらのチャンスがあると思っています。
メディカル分野への投資についても、いずれ選択肢として出てくるとは思いますが、当面は、現有資産をどう効率的に活用していくかという視点で、事業に取り組んでいきます。
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