東京薬科大学の多田塁准教授、根岸洋一教授らの研究グループは、ソニア・セラピューティクスとの共同研究で、キャビテーション気泡を制御する新しい強力集束超音波技術「トリガーHIFU」が、治療部位の腫瘍だけでなく遠隔部位の未治療腫瘍も縮小させる「アブスコパル効果」を誘導することを実証し、そのメカニズムも解明した。さらに、免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-1抗体)との併用で、単独治療を上回る治療効果が得られることも明らかになった。この研究成果は、非侵襲的でありながら原発巣と転移巣の両方を治療できる新しい癌免疫療法の戦略を提示している。10月31日に発表した。
体外から超音波を集束させて腫瘍を破壊する強力集束超音波(HIFU)は、メスを使わない治療法として注目を集めている。一方、がん免疫療法の分野では、ある部位のがん治療が免疫系を活性化させ、治療していない遠隔部位のがんまで縮小させる「アブスコパル効果」が注目されている。しかし、従来のHIFUでこの効果を十分に引き出すことは困難だった。
今回の研究では、まずマウスを使った実験動物モデルで新しい超音波技術の効果を確かめ、次にその効果がなぜ現れるのか、体の中でどのような仕組みが働いているのかを詳しく調べた。さらに、この技術を他の治療法と組み合わせることで、より高い効果が得られるかも検証した。
研究で用いたトリガーHIFUは、高強度の短パルス(トリガーPulse)でキャビテーション気泡を発生させ、その後の低強度持続波で気泡を維持するという独自の方式。
従来のHIFUが主に高温(60~100℃)での熱凝固で腫瘍を破壊するのに対し、トリガーHIFUは微小な「キャビテーション気泡」を発生させ、適度な熱による効果と気泡振動による機械的な効果の両方を統合的に実現できる。この「ほどよいバランス」が、免疫を活性化する重要な物質を壊さずに保ちながら腫瘍を破壊できるため、免疫システムの活性化では重要な役割を果たす。
同研究グループは、マウスの両側の腹部に大腸がん細胞(MC38)を移植し、右側に大きな腫瘍、左側に小さな腫瘍を作製した。右側の腫瘍のみにトリガーHIFU治療を実施し、両側の腫瘍体積の変化を観察した。
その結果、治療を行った右側の腫瘍が縮小しただけでなく、治療を行っていない左側の腫瘍も有意に縮小することが確認された。組織学的解析では、治療した腫瘍において腫瘍構造の著しい破壊と大量の免疫細胞浸潤が観察された。さらに、トリガーHIFU治療によって、腫瘍細胞がアポトーシスを起こすことがTUNEL染色で確認された。また、治療していない遠隔部位の腫瘍でもTUNEL陽性細胞が増加しており、全身性の免疫応答が腫瘍細胞死を誘導していることが示され、局所効果とアブスコパル効果が確認された。
フローサイトメトリー解析すると、治療側だけでなく未治療側の腫瘍でも、CD8陽性細胞傷害性T細胞が、治療側だけでなく未治療側でも優位に増加し、CD11c陽性樹状細胞も両側で有意に増加していることが明らかになった。さらに、フローサイトメトリーデータのt-SNE解析によって、治療後の腫瘍内に15種類の異なるT細胞サブセットと8種類の樹状細胞サブセットが存在することが明らかになった。
また、CD8陽性T細胞を抗体で除去する実験を行うと、未治療側の抗腫瘍効果が完全に消失していた。これにより、CD8陽性T細胞がトリガーHIFUによるアブスコパル効果に不可欠であることが証明された。
さらに、治療後にPD-1を高発現する疲弊したT細胞が増加することが観察されたため、トリガーHIFUと抗PD-1抗体を併用すると、単独治療を大きく上回る抗腫瘍効果が得られた。
今回の研究は、トリガーHIFU方式が、従来の熱凝固主体のHIFUよりも強力な免疫応答を誘導できる可能性を示すものだった。また、局所治療が全身性の抗腫瘍免疫を誘導するアブスコパル効果のメカニズムを、詳細な免疫学的解析にから明らかにった。CD8陽性T細胞の必須性、樹状細胞の活性化、DAMPsの放出という一連の免疫カスケードを包括的に示されたことで、基礎研究においても重要な知見を提供するものとなった。
今回の研究は、マウスを用いた基礎研究だが、同研究グループは今後、大腸がん以外の様々な種類のがん(肺がん、膵臓がんなど)でも同じ効果が得られるかを確認していく。さらに、化学療法剤(ゲムシタビンなど)、他の免疫療法薬(抗CTLA-4抗体など)や、がんワクチンなどとの組み合わせについても研究を進めていく。
この技術が実用化されれば、「手術困難な患者」「身体への負担を減らしたい患者」「転移のある患者」など、多くの癌患者の新たな治療の選択肢となることが期待される。
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