放射線医学総合研究所分子イメージングセンターの佐賀恒夫氏らの研究グループは、中皮腫肉腫型細胞に特有に発現するCOPA遺伝子を発見した。COPA遺伝子は、中皮腫肉腫型細胞で高い発現が見られる一方、正常中皮細胞や他の腫瘍では、ほとんど発現しないことが確認されている。そのため今後、COPA遺伝子を標的とした悪性中皮腫の診断や治療法の開発が期待されそうだ。実際、COPA遺伝子に結合し分解を誘導するsiRNAによる治療実験では、中皮腫モデルマウスで増殖抑制効果が認められている。
悪性中皮腫は、アスベスト曝露が主要原因で発生する腫瘍として、大きな社会問題になった。今後の患者の増大も懸念されている。外科療法、内科療法、放射線療法を組み合わせた、最新の治療が行われているが、未だ予後の悪い腫瘍の一つに位置づけられ、新たな治療薬の開発が待たれている。
特に、上皮型、肉腫型、二相型の三つの病理組織型のうち、肉腫型は有効な診断・治療法がなく、予後は劣悪で、治療薬の標的となる分子も知られていないのが現状だ。
そこで、研究グループでは、肉腫型悪性中皮腫の有効的な診断・治療法を確立するため、標的となる分子の探索を行った。
探索方法として用いたのは、siRNAによる機能スクリーニング。siRNAは、それ自身が治療薬になる可能性があり、標的となるRNAに結合し分解を誘導することで、特定の遺伝子の発現を抑えることができる。
研究では、ヒト遺伝子のうち、機能との関連づけがされている8589遺伝子に対するsiRNAライブラリーを作製。それぞれの遺伝子に対するsiRNAを悪性中皮腫の培養細胞に投与し、遺伝子の発現を抑制して、悪性中皮腫細胞の細胞増殖抑制を指標に、効果のあるsiRNAを選別した。
その結果、383遺伝子に対するsiRNAが、中皮腫肉腫型細胞の生存率を半分以下できることを見出した。このうちの39遺伝子が、特に中皮腫細胞の生存に重要であることも分かった。
この39遺伝子の中から、遺伝子機能に関する情報をもとに選定した7遺伝子について調べた結果、その発現を抑制すると、中皮腫肉腫型細胞に細胞死が誘導されることを見出した。さらに解析したところ、7遺伝子の中でもCOPA遺伝子は、中皮腫肉腫型細胞で高発現し、正常中皮細胞や他の腫瘍では、ほとんど発現していないことが分かった。
COPA遺伝子は、酵母から哺乳類まで広く遺伝子配列が保存されている蛋白質で、ゴルジ体から小胞体への蛋白質の逆輸送およびゴルジ体内の蛋白質の輸送を担っている複合体のサブユニットの一つとして知られている。これまで、上皮型の中皮腫で特異的に発現している蛋白質は知られていたが、肉腫型で特異的に高発現する蛋白質は報告されておらず、今後、肉腫型中皮腫の新たな治療標的として期待される。
実際、COPA遺伝子に結合して分解を誘導するsiRNAを用い、中皮腫モデルマウスに対する治療実験を行ったところでは、中皮腫細胞の増殖抑制効果があることが確認されている。
研究グループでは、COPA遺伝子に対する2種類のsiRNAが、中皮腫モデルマウスで増殖抑制効果があることを明らかにしており、生体内で分解を受けやすいsiRNAを、DDSによって効果的に悪性中皮腫に運搬することができれば、核酸治療薬としての応用も期待できるとしている。また、COPA遺伝子を標的とした低分子化合物を探索することで、効果の高い分子標的治療薬の開発も期待される。
研究グループは今後、臨床研究を経て、臨床現場で実用化を目指していくが、「多くの患者の予後、QOLの改善に貢献することが期待される。また、アジアなどの国々では、日本に遅れてアスベストの使用を禁止したため、数年のタイムラグを置いて、日本と同じように患者が発生することが懸念されており、これらの国々への貢献という意味でも、さらに研究を進めていきたい」としている。