ビジネスモデルを大転換
1990年代から2000年代初めにかけ、大手製薬企業は生活習慣病を中心にブロックバスターで大きな収益を上げるビジネスモデルを打ち出し、規模の追求によって成長を実現してきた。しかし、最近のトレンドは「アライアンス型」に移行し、将来的な成長のカギがアンメットニーズ、バイオ医薬品に大きくシフトしてきた。国内でも抗体医薬をめぐるアライアンス活動が動き出し、協和発酵キリンの誕生を契機に、大手各社による欧米バイオ企業のM&A、製品買収が一気に進んだ。アライアンスの形態は非常に多彩で、そこには各社の戦略が色濃くにじみ出る格好となっている。
ターゲットは「癌」”国内大手もこぞって参戦
バイオ医薬品をめぐる攻防の中心プレーヤーとなっているのが抗体医薬だ。海外では80年代に誕生した米国のバイオベンチャー「ジェネンテック」「アムジェン」が抗体医薬を手に飛躍的な成長を遂げ、世界有数のバイオ企業に発展した。
このビジネスモデルに活路を見出そうとしたのが、協和発酵とキリンファーマの合併だ。新生「協和発酵キリン」の誕生は、抗体の活性を高めるポテリジェント技術、ヒト抗体を作製するKMマウスという両社の技術融合によるシナジーを追求した結果で、抗体医薬の高い技術力をもって、世界トップクラスのスペシャリティーファーマを目指す姿勢を鮮明に打ち出した。
大手各社も追随し、特に抗体医薬を中心に癌領域のバイオ医薬品をめぐる争奪戦が活発化。2月には武田薬品がアムジェンの日本法人を買収し、VEGF受容体など複数のキナーゼを阻害する抗癌剤「AMG706」(モテサニブ)、EGFR抗体「パニツムマブ」など13品目を手に入れた。
アムジェン日本法人の買収は、同社が出遅れていた抗体医薬の分野で巻き返しを図った格好だが、さらに4月には、米大手バイオ企業「ミレニアムファーマシューティカルズ」を約8900億円で買収。巨額の資金を投じて癌領域とバイオ医薬品のパイプラインを一気に獲得する決断は、生活習慣病領域のブロックバスターで収益を上げてきたビジネスモデルの大転換を、内外に宣言した格好となった。
さらに5月、米アルナイラムと癌領域と代謝性疾患領域を対象に、RNAi医薬のプラットフォーム技術に関する非独占的ライセンス契約・共同研究契約を締結。約100億円の契約一時金を支払って、次世代のRNAi医薬の獲得にも動き出した。
武田薬品は、抗体医薬の開発競争に対応するため、03年にキリンビールからヒト抗体技術を導入したのを皮切りに、米子会社「武田サンフランシスコ」を設立するなど、研究基盤の強化を進めてきた。今年に入っても、アムジェン日本法人とミレニアムの買収に加え、米セルジェネシスから前立腺癌ワクチン、アルナイラムからRNAi医薬を導入するなど、癌領域とバイオ医薬品の基盤整備に向け、過去に例のない激しい動きを見せたと言えるだろう。
国内2位の第一三共も3月、抗体医薬に関する独モルフォシスとの共同研究を拡大すると発表。モルフォシスが独自に開発したファージディスプレイ抗体ライブラリー「HuCAL」の継続使用を実現すると共に、第一三共が選択する標的抗原に対し、モルフォシスがその抗体を探索する抗体創出プログラムの数を、現在の1個から最大6個まで増やすことが可能になった。
また5月には、独バイオ企業「U3ファーマ」を1億5000万ユーロ(約245億円)で買収し、武田と同じく癌領域と抗体医薬の強化に乗り出した。この買収によって、米アムジェンと共同開発中の抗HER‐3抗体「U3‐1287」、抗HB‐EGF抗体「U3‐1565」の二つの抗体を獲得した同社は、循環器領域などに比べて手薄だった癌領域ポートフォリオの充実を図ると共に、U3ファーマが提携している独マックスプラン研究所との提携を通じて、癌領域の創薬研究力を強化する方針を打ち出した。
その後、同社は、インドの後発薬大手・ランバクシーラボラトリーを買収し、新薬と後発薬、先進国と新興国を視野に入れた複眼経営を打ち出したが、新薬の分野では抗体医薬が欠かせないとの判断は他社と同様だ。
協和発酵キリンが先陣”技術力背景に提携推進
こうした大型M&Aに対し、抗体医薬を核とする協和発酵は、今年に入って技術力を背景とした独自のアライアンス活動を強化している。その中で高い技術力を証明したのが、自社開発品の抗CCR4ヒト化モノクローナル抗体「KW‐0761」の米アムジェンへの導出だろう。約100億円という巨額の契約一時金が「KW‐0761」の実力評価と言え、マイルストーンを含む追加一時金として最大で約420億円、さらに上市後には二桁%のロイヤルティーを受け取るなど、破格の契約となった。
一方で、新たな導入活動も活発に展開しており、バイオベンチャーのリブテックと新規抗癌剤のヒト化抗Dlk‐1モノクローナル抗体「LIV‐1205」に関するライセンス契約を締結。オーストラリアのバイオ企業「アラーナセラピューティクス」とも、大腸癌治療用抗体「ART104」に関する共同研究開発契約を締結した。いずれも導入した抗体にポテリジェント技術を応用し、作用を増強させて共同開発を進めるというものだ。
抗体の製造に関しても、スイスのロンザと高生産性の抗体生産技術に関する戦略的共同研究契約を拡大。協和発酵とバイオワが開発を進める抗体医薬の製造にロンザの技術を活用できるようになり、将来的な商業生産を睨み先手を打った。
さらに、RNAi医薬の獲得にも動き出し、RSウイルス感染症治療薬として第II相試験中の、RNAi医薬「ALN‐RSV01」を米アルナイラムから導入。最も開発が進んでいるRNAi医薬のALN‐RSV01を導入することで、世界的な技術を持つ抗体医薬と共に、次世代のバイオ医薬品となるRNAi医薬を取り込んだ格好だ。
国内ベンチャーも参入”成長・拡大のチャンス
バイオベンチャーも抗体医薬をめぐる様々なアライアンス活動に参入し始めてきた。9月には、国内中堅のキッセイ薬品とバイオベンチャーのワイズセラピューティックスが、中皮腫を対象とした抗CD26ヒト化抗体「YSCMA」について、日本でのサブライセンス権付き独占的開発・販売権に関するライセンス契約を締結した。キッセイ薬品は「YSCMA」の導入によって、バイオ医薬品とアンメットニーズの強化をさらに進めていく方針だ。
また、SBIグループの創薬ベンチャー「SBIバイオテック」と米バイオ企業「メドイミューン」は、抗ILT7抗体に関するライセンス契約を締結。自己免疫疾患治療薬としての開発・製品化を目的とするもので、メドイミューンは、抗ILT7抗体の全世界における権利を取得した。その後、メドイミューンを英アストラゼネカが買収。間接的に、日本の創薬ベンチャーが海外のメガファーマに導出した格好となった。
日本のバイオベンチャー企業が一気に注目を浴びたのは、独ベーリンガーインゲルハイム(BI)と北海道大学発バイオベンチャーの「イーベック」が、完全ヒト抗体の開発・製品化に関するライセンス契約を締結したこと。5500万ユーロ(約88億円)という巨額の契約一時金、マイルストーン収入に加え、グローバル製薬企業と日本のバイオベンチャーがライセンス契約を締結したケースがこれまでにほとんどなかったことから、新たなアライアンスの形として注目を集めた。
契約した完全ヒト抗体の詳細は契約上明らかにされていないが、それだけ高い評価を得たことは間違いなく、抗体医薬をめぐって外資系を含めた製薬企業と国内ベンチャーの提携が加速する可能性もある。
抗体医薬を中心とするバイオ医薬品の争奪戦は、多様なアライアンス活動へと発展してきている。現段階では、新生協和発酵キリンの動きが目立っているが、高い創薬力・技術力さえあれば、国内バイオベンチャーにも十分な勝機があることは、BIバイオテックやイーベックの例で証明された。製薬企業にとってダイヤの原石を見出す目が一層問われることは確かだ。