
向かって左から富田、山川、五十嵐、笹沼の各氏
江戸時代、日本橋から中仙道を京へ向かうと最初の宿場が板橋。品川、千住、内藤新宿と共に江戸四宿の一つに数えられた長い歴史を持つこの町は、いま行政当局のバックアップなどもあって、医療機器メーカーも含め、様々な物づくり企業が集積する一大拠点の様相を呈しつつある。物づくり産業がこの地に定着してきた背景や、発展を促す振興施策などを関係者に聞いた。
取材に応じてくれたのは、振興策を検討して決定する立場にある板橋区の山川信也産業経済部産業戦略担当課長、施策の実働部隊である板橋区産業振興公社中小企業サポートセンターから五十嵐登統括マネージャー、笹沼史明新産業・技術支援グループリーダー、富田聖章企業サポートコーディネーターの4氏。
<立地と背景>光学技術の蓄積が基盤に

トプコン本社
東京23区の北西部に位置する板橋区では、中心部を取り囲むように工業専用地域、準工業地域が帯状に連なっており、数多くの物づくり企業が事業所を構え、多彩な製品を生み出している。区の北端には荒川、新河岸川が流れ、中央を首都高速道路が貫いており、物流でも利便性が高いことなど立地的な優位性に加え、区当局と振興公社が手を携えて打ってきた様々な施策が、発展に大きな役割を果たしたと推察される。
板橋に物づくり産業が定着してきた背景の一つに、軍需による産業・技術の蓄積と、その後の平和産業への転換があったと考えられている。区内の加賀と呼ばれる地域には,かつて加賀・前田藩の広大な下屋敷があり、戦前には跡地を陸軍が接収して火薬の研究所・製造所として利用していた。また、志村という地域の周辺には、光学機器産業が集積していた。その中心となったのが、昭和初期に創業した東京光学機械(現社名=トプコン)であり、測量機、双眼鏡、照準眼鏡といった光学機器を主要製品として製造していたため、一帯には協力企業などが集まって、光学精密産業が根付いていった。
加えて医療機器に関しては、大規模な医療機関が複数存在したことも、産業の発展を後押しした可能性が強い。日本大学板橋病院、帝京大学病院、東京都健康長寿医療センター(旧名=東京都養育院)などであり、実際にこれらの医療機関と医療機器メーカーとの「医工連携交流会」も行われている。
<医療機器への支援>ニーズとシーズが出会う場も

ジーシーR&Dセンター
具体的に板橋区では医療機器産業に対して、どのようなサポート事業が実施されているのか。区と産業振興公社では医工連携を推進するため、大病院における交流会を初め、医療機器専門展示会への出展、専門家による参入支援、セミナーや商談会の開催などの取り組みを進めている。
医工連携交流会は東京都と区の連携事業。大学病院の医師などに臨床の現場で困っていることなどを話してもらい、参加したメーカーがそれを新たな医療機器開発のヒントにして,試作品から製品化へ繋げようというもの。ニーズとシーズのマッチングを図る取り組みと言える。

東京都健康長寿医療センター
交流会で提示されたニーズが,実際の製品に結び付いたケースもある。オクト産業が開発したアンプルカッターがその一つ。看護師らが注射用アンプルをカットする際、手指を傷つけたり細かなガラス片が発生するリスクがあるとの指摘がなされた。その悩みに対し、物づくり企業と製販企業がコラボして、課題解決に導く製品を生み出したものだ。
出展している専門展示会は、毎年4月に開催されているMedtec Japan。医療機器や関連製品の製造企業を集めて、共同ブースを出している。参入を希望する企業に対しては、専門家を派遣して医療機器製造業などの許認可取得を中心としたアドバイスや手数料の助成なども実施している。
<区内の医療機器企業>目を引く眼科系と歯科系

ITABASHI Co-working factory
板橋区内に本社あるいは事業所を置いている医療機器メーカーは、多種多様な領域に及んでいるが、際立つのは眼科系と歯科系だという。光学機器の眼科系ではトプコンやライト製作所などが、眼底カメラ等の製造販売を行っている。歯科系ではジーシーが研究開発センターを置いている。さらに、体重計で知られるタニタも区内に本社を構え、健康機器の事業を展開している。
これらの会社に部品を供給してきた樹脂メーカー、金属加工、精密機械などの企業が数多く立地している。光学と精密加工という伝統的な強みを基盤として、医療機器及びその周辺に位置する様々な産業分野が、育ってきたと言うことであろう。
一方、マイステックという鋼製小物の製造販売会社が区内にある。大原町の古い工場を借りて、「ITABASHI Co-working factory」という名称の手術用鋼製器械の職人の育成・支援を目的とした施設にリニューアル。東京都インキュベーション施設運営計画の認定も取得して、物づくり人材の育成に力を注いでいる。同社はまた、シクラス(SICRASS)という事業も立ち上げた。医療機器開発のプラットフォームであり、全国各地の様々な物づくり企業と連携して、その技術を医療機器開発に生かしていこうという取り組みである。

施設内での鋼製小物の製造(ITABASHI Co-working factory)
<物づくり振興>賃貸型工場など多彩な施策
医療機器に限ったものではないが、板橋区では物づくり産業を振興するため、様々な事業を展開している。もちろん技術面や販路開拓に関する支援、種々の補助金や助成金といった仕組みは用意されているが、それ以外の主なものとしては「ものづくり研究開発連携センター」「板橋製品技術大賞」「いたばし産業見本市」などが挙げられる。
ものづくり研究開発連携センターは、いわば賃貸型工場。もともと工場ビルと呼ばれていたところであり、物づくり企業が入居して、いろいろな品物を製造することができる場所だ。入居費は部屋によって異なるものの、共益費込みで概ね月額20~40万円程度である。医療関係でも、MRI用特殊コイルなどの開発を手掛けている高島製作所などが入居している。
ここには板橋産業技術支援センターも同居しており、保有している計測機器・検査機器などを低価格で利用して、精密測定や成分分析などを行うことができる。機器の操作方法などを技術的に支援する相談員も常駐している。
板橋製品技術大賞は、既存のものに比べ、より高い付加価値や生産効率などを実現させた新製品や新技術を表彰する制度。区内の中小企業を対象として、その開発力や技術力を社会にアピールすることが狙いであり、医療機器を含むヘルスケア製品も、ここ10年間で20件前後が表彰を受けている。
▽斜視、複視、瞳孔間隔距離などの検査機能を一台にまとめた眼科検査用万能定規(開発社=Square Wheel)、▽お湯に浸すだけで自由に成形が可能なプラスチック素材の熱可塑性ギプス包帯(イワツキ)、▽下肢閉塞性動脈硬化症のバイパス手術で静脈を動脈として活用する際に、不要な血管弁を撤去するための静脈カッター(沼田光機製作所)――など、優れた製品・技術が並んでいる。前述のアンプルカッターも今年度に表彰された。
もう一つのいたばし産業見本市は、毎年11月に開催されている大規模なイベント。従来は2日間の開催だったが、一昨年から3日間開催に拡大された。初日と2日目はビジネスデーとして商談の場になっている。3日目はパブリックデーと銘打って一般の人に開放し、企画展示や体験型ワークショップなどを通じて、区の物づくりを知ってもらう機会に設定した。
<人材育成>子供に物づくり挑戦の機会を
物づくり産業が今後も継続的に発展していく上では、それを支える人材が欠かせない。人材の枯渇は、産業の衰退に直結する。もちろん目先の人材確保も喫緊の課題であるが、区では子供の頃から物づくりが体験できる場を提供し、人材育成に結び付けたいと考えている。産業見本市で実施されているワークショップは、企業が実際の製品を用いて、物づくりの楽しさを体験してもらう企画であり、区としても非常に重視しているイベントだ。
一方で「未来の発明王コンテスト」という催しも行われている。未来を担う人材を地域で育てたいとの願いから立ち上げた企画であり、区内の小中学生から「あったらいいな」と思うアイデアを募集し、審査して表彰する。今年度でまだ6回目だが、医療関連の提案も出されている。
例えば心臓マッサージ補助器。子供など力の弱い人間でも、的確な心臓マッサージが行えるように、力をプラスしてくれる補助器具があれば良いと考えたもの。また、鏡の前に立てば、AIが健康情報を分析して表示する100年健康鏡というアイデアもあった。いずれも着眼点の素晴らしいアイデアだけに、板橋ひいては日本の物づくりを将来支える人材に、育ってほしいと願わずにはいられない。
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