食事摂取により分泌される消化管ホルモンの「インクレチン」の一種で、インスリン分泌を促進させるグルカゴン様ペプチド(GLP)1を標的とした治療法が注目されている。カナダ・トロント大学のダニエル・J・ドラッカー氏らの研究でも、GLP1受容体アゴニストが、ジペプチジル・ペプチダーゼ(DPP)4阻害薬に比べ、膵臓ランゲルハンス島β細胞保護作用やインスリン分泌能力が高く、食欲抑制や心保護作用も併せ持っていることが分かってきている。2型糖尿病治療に適した特性があることから、インスリン療法への橋渡しになる薬剤となる可能性もあり、開発研究も世界的に進められている。
インクレチンは、主に小腸などから分泌されて、糖代謝に関与する消化管ホルモン。通常24時間にわたって持続分泌されているが、食事摂取に伴って分泌が増大する。インクレチンと総称されている因子としては、グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)と、GLP1の2つが知られている。
2型糖尿病では、インクレチン経路の作用が減弱しているため、食後高血糖を引き起こすことが知られており、治療標的としてGLP1が注目されている。GLP1は、インスリンの分泌を促進するだけでなく、食欲の抑制、動物を対象とした膵臓ランゲルハンス島β細胞の保護効果などが確認されている。
実際、糖尿病患者に24時間にわたりGLP1を持続投与した結果、良好な食後血糖コントロールが得られることも分かっている。ただ、GLP1は生体内で、ペプチド分解酵素のDPP4によって急速に分解される。DPP4は、血管や各種臓器などの生体組織に存在するため、生体内でGLP1を高濃度の状態に維持することは非常に困難。健常者にGLP1を注射して生体内のGLP1を測定した結果では、投与後数分で大部分のGLP1が分解されたという。
そのため、GLP1受容体を活性化するトカゲ由来ペプチド「エクセンディン4」の化合物が開発された。既に海外では「エクセナチド」が販売されており、「リラグルチド」が開発段階にある。「エクセンディン4」は、ヒトのGLP1のペプチド鎖の2位がアラニンで構成されているのに対し、グリシンとなっているため、DPP4によって分解されないという特徴をもつ。
GLP1を介したインスリン分泌の増強では、DPP4を阻害する「シタグリプチン」や「ビルダグリプチン」が海外で臨床使用されているが、GLP1受容体アゴニストはDPP4阻害剤と比べ、血漿中GLP1濃度を高める結果が得られている。
ヒトを対象にした研究では、血中GLP1のレベルが、ビルダグリプチン投与群では8010pmolであったのに対し、エクセナチド投与群では50060pmolと有意な違いが見られている。それだけ、インスリン分泌能や膵β細胞保護に差が生じる実験結果も示されている。
GLP1のもう一つ特徴的な作用は、中枢神経に作用して食欲を抑制すること。ドラッカー氏は先の糖尿病学会で、GLP1受容体アゴニストが満腹中枢を刺激して食欲をコントロールすると指摘。GLP1受容体アゴニストをモデル動物に投与した結果、胃からの食物の排出率が低下し、食欲摂取量を抑制した成績を示し、体重減少効果につながることも明らかにした。
また、糖尿病での合併が懸念される心血管イベントに対するGLP1の有効性についても検討が進められている。海外で行われた第III、IV相試験の結果では、GLP1受容体アゴニストが心筋梗塞を抑制する結果が得られている。
さらに、GLP1アゴニストを静脈投与した結果、72時間後には、プラセボ比べ、有意に心臓機能の改善、異常な壁運動の改善などがみられ、治療後30日目にも同様であることも明らかにされた。
欧州で実施されたリラグルチドのPIIサブスタディの結果でも、リラグルチド投与群で心血管リスクのマーカー値の改善が認められたほか、収縮期血圧、トリグリセリド値、血栓リスクのマーカーであるPAI-1、心血管疾患の診断指標であるBNPが有意に低下したという成績が報告されている。
GLP1のインスリン分泌増強作用は血糖値の高さに依存し、血糖値が低い場合は作用しないため、低血糖を起こしにくいことも大きな特徴。その上、膵β細胞の保護や分化増殖の促進、食欲の抑制など、2型糖尿病治療に適した特性を持っていることから、GLP1アナログの開発がさらに激化しそうだ。