翻訳への生成AI活用と課題‐アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)会長 安達 久博氏に聞く
翻訳への生成AIの活用と課題は?アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)の安達久博会長(サン・フレア代表執行役員)にインタビューした。来年35周年を迎えるAAMTの企画についても聞いた。
――翻訳への生成AI活用についての現状認識は。
生成AIによる翻訳はかなりホットなトピックだ。一方、まだ問題も多い。最初は原文にない訳語が入ってくる「湧き出し」が問題になったが、今度はその逆で、訳がとても流暢になったけれども、重要だと思う箇所の訳が抜けている「訳抜け」、意味が異なるケース、文脈の取り違えといったケースが出てきている。そのため、AIによる訳をプロの翻訳者がチェックし整えていくポストエディット(PE)の重要性は高い。

PEガイドライン
そこでAAMTは7月に「機械翻訳ポストエディットガイドライン」(写真)を作成し、公開した。ポストエディット委員会には専門家や翻訳会社の方だけでなく、製薬企業の方にも入っていただき、ご協力いただいた。
――ガイドラインの内容は。
業務の委託側(製薬企業等)、受託側(翻訳企業等)、実際にPEを行う翻訳者を対象に、英語から日本語への翻訳(ファイルの種類はWord)を行うことを想定し、PEとは何か、いかにリスクを低減し、三者がいかに満足する翻訳を行うのかを目的にまとめた。そのためのプロセスのフロー図も作成した。
まずPEにどの程度の品質を求めるのかを三者で合意した上で進めること。そこでPEについて「フルPE」と「ライトPE」を定義づけした。
フルPEは「専門の翻訳者による翻訳と同等の品質を目指す」とし、「ライトPE」は「翻訳者の翻訳と比べ、翻訳処理のスピードを重視してフルPEに含まれる作業項目の一部を省略したり簡略化したりする」と、それぞれ定義し、PEで何を修正し、省略するかを合意し、三者で翻訳の品質をすり合わせることを促している。
作業の開始前にこの品質基準を明確にしていおかないと、こんなはずじゃなかったということになりかねない。翻訳の品質不良の原因と対策も示した。
PEは依頼内容の目的に応じて、最適な品質、コスト、納期を勘案し、何を重視するのかによって、PEで行うことが変わってくる。ガイドラインは三者が協力して円滑に取り組むことができるよう作成した。
――使い方は。
対象の三者の方にはぜひ読んでいただき、認識を共有していただきたい。翻訳企業の方々にはクライアントへの説明の際に持参し、事前の品質合意を徹底することを勧めたい。
来年はAAMT35周年‐奈良で国際会議を予定

「AAMT2025Tokyo」(年次大会)が12月2日、東京・日本橋で開催された。パネルディスカッションではMSDのメディカルアフェアーズ部門・大村雅之氏が、医薬品開発ではスピードが求められ、ポストエディット(PE)の潜在ニーズは大きいと指摘し、AAMTが作成した「PEガイドライン」の活用に期待を寄せた。
――さて、話は変わってAAMTは来年には創立35周年。振り返りを。
機械翻訳(MT)については創立前に遡るが、1982年、当時の科学技術庁のMu(ミュー)プロジェクトにおいて、日本初の実用的日英機械翻訳システムの研究があり、私も参加させていただいた。AAMTの創立者である京都大学の長尾真名誉教授(故人)から直接ご指導いただく機会に恵まれたほか前会長の隅田英一郎氏もおられ、のちのちの人工知能、MT分野の指導的立場になる研究者が集まっていた。
私もそうだが、計算機メーカーの研究者が多かった。日本語を表示できるパソコンすらなかった時代で、そこで計算機のMTソフトが脚光を浴び、ソフトとしてMTの発展に向け議論する世界組織を作ろうと、1991年に国際機械翻訳協会(IAMT)が設立された。
欧州、米国、日本にも組織を設けることになり、故長尾先生が中心となってIAMT設立と同時にAAMTの前身の日本機械翻訳協会が創立され、翌年にアジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)に名称変更した。
当時は規則に基づく翻訳(RBMT)、それが統計的機械翻訳(SMT)、そして2016年に機械学習の手法を用いたニューラル機械翻訳(NMT)が登場して機械翻訳精度の天井を突き破ったと言われた。そして大規模言語モデル(LLM)が登場し、今の時代は、のちのちLLMの登場と生成AIの活用で凄まじい変化に見舞われたと記されるだろうと思う。
――35周年企画の予定は。
来秋、奈良で国際会議の開催を予定している。テーマはアジア言語に特化したいと考えている。LLMは欧米の言語を軸に発展してきたが、言語には背景となる文化が伴っており、アジア言語には欧米言語とは異なる表現がたくさんある。雨の表現とか虹の色の表現とかは多様で、欧米言語と比べて豊かな側面もあるのではないか。そこを意識してMTの今後を考えておかないと、その国の文化を伴っている言語が持つ豊かさが縮退していく心配がある。
このような問題意識は故長尾先生も持っていらしたし、その想いを受け継ぎ、議論することはAAMTの役割であると考え、問題提起したい。
――最後に製薬業界にメッセージを。
生成AIを活用して翻訳されている方も増えている一方で、課題も増え、悩まれている方も増えていると思う。そういう課題に率先して取り組んでいるのが私たちであり、入会していただき一緒に協力して業界を盛り上げていきましょう。
アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)
https://aamt.info/
機械翻訳ポストエディットガイドライン
https://aamt.info/act/posteditguideline


























