医薬翻訳や医療翻訳の仕事に興味はあるものの「どんなスキルが必要なのか分からない」「AIの台頭で需要がどう変化していくのか気になる」といった理由から、一歩を踏み出せずにいる方もいることでしょう。
本記事では、医薬翻訳・医療翻訳の仕事内容や需要・市場動向を中心に、求人の探し方や仕事の依頼方法まで幅広く解説します。
本記事は、次のような疑問の解決に役立ちます。
- 医薬翻訳・医療翻訳とはどんな仕事?
- 他の翻訳分野との違いは?
- スキルを磨くのに役立つ資格は何?
※本記事は、2026年9月8日現在の情報をもとに記載しています。
医薬翻訳・医療翻訳とは?
医薬翻訳・医療翻訳とは、医薬品や医療機器、医学に関する文書を原文の意味を保ったまま別の言語に置き換える仕事です。人の健康や生命に関わる情報を扱うため、一般的な翻訳以上に高い専門性と正確性が求められます。
対象となる文書
医薬翻訳・医療翻訳の対象となる文書は「治験実施計画書」や「医学論文」など多岐にわたります。具体的には、次のような文書が対象となります。
【臨床試験(治験)関連】 治験実施計画書(プロトコール)、同意説明文書、治験薬概要書(IB)、症例報告書(CRF)、治験総括報告書、新薬のドキュメントなど。国際共同治験では各国の言語への翻訳が必須であり、誤訳は試験結果の解釈や被験者の安全に直結するため注意が必要です。
【薬事規制関連】 医薬品の承認申請資料(CTD)、当局からの照会事項応答文書、薬の副作用情報を含む安全性定期報告(PSUR/DSUR)、医療行政機関のガイドラインなど。法令用語を正確に訳すことが求められ、薬機法(日本)をはじめとする各国の規制要件に精通した翻訳対応が必要です。
【製品文書】 医療用医薬品添付文書、くすりのしおり、医療機器などの取扱説明書・マニュアルなど。患者や医療従事者が直接利用する文書であるため、専門用語の正確性はもちろん、読み手に誤解を与えない平易さも考慮した翻訳が重要です。
【学術文献】 医学論文、医学書、学会でのプレゼン資料、医学系ジャーナルの記事、治療ガイドラインなど。研究者や医師が読み書きする高度な専門文書で、厳密な専門用語の訳語選定や論理構成の明快さが要求されます。日本発の研究成果を英文論文にするケースや、海外論文を和訳することも求められます。
【その他関連分野】医薬系の特許明細書、製薬企業の社内教育資料、マーケティング資料(パンフレット、ウェブサイト)、医薬部外品・化粧品の説明文書など。特許翻訳では特許独特の文体と法的表現に留意しつつ、創薬技術の内容も正確に訳出する必要があります。
このように、新薬の開発段階から市販後まで、さまざまな場面で医薬翻訳・医療翻訳が必要とされています。
対象言語は英語だけ?中国語や韓国語のニーズも
医薬翻訳・医療翻訳の対象言語は、英語に限りません。中には90言語以上に対応している企業もあります。
| ヨーロッパ | フランス語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、ロシア語、オランダ語など |
| アジア・オセアニア | 中国語(広東語、台湾華語、北京語) 、韓国語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語、ヒンディー語など |
| 中東・アフリカ | アラビア語、ヘブライ語、トルコ語、ペルシア語、スワヒリ語など |
医薬翻訳・医療翻訳と他の翻訳分野との違い
医薬翻訳・医療翻訳が他の翻訳分野と大きく異なる点は、次の3つに集約されます。
- 高度な専門知識と正確性
- 厳格なガイドライン・参照資料の遵守
- スピードと機密性の両立
それぞれ詳しく見ていきましょう。
高度な専門知識と正確性が求められる
医薬翻訳・医療翻訳では、誤訳が人の健康や生命に直結するリスクがあります。そのため、医学・薬学分野の専門知識に加え、原文の意味を正しく伝える正確性が欠かせません。専門用語も多く、語学力だけでは対応が難しい分野といえます。
厳格なガイドライン・参照資料の遵守が必要
医薬品や医療機器の開発現場には、ICHガイドラインをはじめとする国際的な基準が数多く存在します。ICHとは「医薬品規制調和国際会議」の略称で、各国の規制当局と製薬業界が承認基準を統一するために策定した国際基準です。
翻訳者は、こうした基準や、MedDRA(ICH国際医薬用語集)のような標準化された用語集に沿って訳語を選ぶ必要があります。
ICH 医薬品規制調和国際会議|独立行政法人医薬品医療機器総合機構MedDRA Japanese Maintenance Organization|一般財団法人医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団
スピードと機密性の両立が求められる
新薬をいち早く患者に届けるため、翻訳には正確性だけでなくスピードも求められます。加えて、開発中の技術情報や被験者の個人情報など機密性の高い内容を扱う場面も多く、情報管理の徹底も欠かせません。
医薬翻訳・医療翻訳はなくなる?需要と市場動向
結論からいうと、医薬翻訳・医療翻訳の仕事がなくなる心配は少ないでしょう。AIによる機械翻訳は広がりつつありますが、専門性の高いこの分野では最終的な品質保証を人が担う必要があるためです。
また、4つの理由から医薬翻訳・医療翻訳の需要は安定していると考えられます。
- グローバル治験への参加の増加による需要
- 各国当局へ提出する資料を作成する際の需要
- 論文や最新エビデンスを共有するための需要
- 医療サービスの国際化にともなう需要
順に詳しく解説します。
グローバル治験への参加の増加による需要
現在の新薬開発では、複数の国で同時に実施する「マルチリージョン」の治験が一般的です。日本が参加するグローバル治験では、治験関連文書を日本語と英語の間で相互に翻訳することが必須になります。
日本発の治験ならプロトコールなどを英訳して海外当局や医療機関と共有し、海外開発の新薬を導入するなら英文文書を和訳してPMDAに提出します。翻訳の質は治験の円滑な遂行に直結し、言語対応は国際共同治験の主要課題のひとつとも指摘されています。
各国当局へ提出する資料を作成する際の需要
外資系メーカーが日本で医薬品の承認申請をする際、あるいは日本企業が欧米当局に申請する際にも、大量の翻訳が発生します。各国規制当局は自国語または英語での提出を要求するため、専門翻訳なしに新薬承認は進みません。
また承認後も添付文書やRMP(リスク管理計画)、安全性定期報告などを各言語で整備する必要があります。グローバル薬事戦略において翻訳対応は不可欠なプロセスです。
論文や最新エビデンスを共有するための需要
医療従事者が海外の最新エビデンスを活用するには英語論文の読解・翻訳が欠かせません。また、日本の医学知見を世界に発信する際にも英文翻訳が必要です。
COVID-19パンデミック時には、各国のガイドラインや研究結果を迅速に多言語で共有する重要性が再認識されました。平時でも、学会発表や医学書の翻訳など医療知識の国際交流に翻訳が果たす役割は大きいと言えます。
医療サービスの国際化にともなう需要
病院での多言語化対応(外国人患者向け案内の翻訳など)や、医薬品の海外展開にともなう現地語での製品情報提供など、医療サービスそのものの国際対応でも翻訳需要があります。
特に国内では、訪日患者対応のための院内資料翻訳、公定書(薬局方など)の英訳など、公的プロジェクトも進んでいます。
医薬翻訳・医療翻訳になるには?求められるスキル
医薬翻訳・医療翻訳になるには「高い語学力」や「医薬・医学分野の専門知識」といったスキルが求められます。
これらのスキルを習得することで、未経験からでも医薬翻訳・医療翻訳を目指せる可能性があります。
専門用語を正確に読み解く「高い語学力」が求められる
まず欠かせないのが高い語学力です。日常会話レベルの英語力では対応が難しく、専門用語や独特の言い回しを正確に読み解く力が必要です。
原文の意味を過不足なく伝える読解力・作文力も欠かせません。特に、治験関連文書や承認申請資料など公的な性格の強い文書では、あいまいな表現を避け、一字一句の正確性が重視されます。英語以外の言語であっても、同様のスキルが求められます。
医薬・医学分野の専門知識と学び続ける姿勢が求められる
高い語学力に加え、医薬・医学分野の専門知識も欠かせません。例えば、治験関連文書を訳すには治験の流れやGCP(治験の実施基準)の理解が必要です。添付文書を訳すには、薬効や副作用に関する知識が求められます。
文書の種類によって必要な知識は大きく異なるため、特定の分野に偏らず幅広く学び続ける姿勢が重要です。
医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令|e-Gov法令検索
未経験から医薬翻訳・医療翻訳を目指せる?
未経験からでも医薬翻訳・医療翻訳を目指すことは可能です。しかし、専門知識の習得にはある程度の学習時間が必要になります。まずは小規模な案件から実績を積み、徐々に専門性を高めていく方法が現実的といえるでしょう。
医薬翻訳・医療翻訳に資格は必要?勉強方法は?
医薬翻訳・医療翻訳になるために必須の資格はありません。しかし、資格取得には必要な知識を体系的に身につけられるメリットがあります。ここでは、医薬翻訳・医療翻訳を目指す際に役立つ代表的な資格を紹介します。
資格①医英検(日本医学英語検定試験)
日本医学英語教育学会が主催する検定です。基礎級(4級)から応用級(3級)、プロフェッショナル級(2級)、エキスパート級(1級)まで4段階に分かれています。試験は例年、1・2級が1月頃、3・4級が6月頃に実施されます。
上位級ほど難易度が高く、最上位のエキスパート級(1級)では学会発表を想定した口頭試問が課される点が特徴です。受験資格は1級のみ学会員に限定されており、資格の有効期間は5年です。更新には学会への出席などの条件があります。
医英検 EPEMP|JASMEE(日本医学英語教育学会)日本医学英語検定試験 エキスパート級(1級)受験 申請書類作成注意事項|日本医学英語教育学会
資格②JTFほんやく検定
日本翻訳連盟が主催する検定で、年2回程度実施されます。実用レベルは5分野から1分野を選ぶ形式で、「医学・薬学」も対象に含まれます。完成度に応じて1〜3級が判定される仕組みです。
2022年7月の実施分から機械翻訳の使用が禁止されており、辞書やウェブ検索は使えるものの、実務に近い英訳力・翻訳力が求められます。
インターネットに接続できる環境と、PCの基本的な操作(インターネット、メール、ワードなど)ができれば受験可能です。申込みから受験まですべてオンラインで行います。
JTF<ほんやく検定> インターネット受験|日本翻訳連盟受験要項|JTF<ほんやく検定>
資格③「アメリア」定例トライアル
翻訳者ネットワーク「アメリア」が実施する実力判定の試験で、参加にはアメリア入会(有料)が必要です。分野ごとに開催月が設定されており、「メディカル」「日英メディカル」も年に複数回設定されています。
添削はなく、総合評価と分野別のレベルチェックで判定される仕組みです。同一分野でAAを1回、または12か月以内にA評価を2回取得すると「クラウン会員」に登録できます。未経験でも経験者向け求人に応募しやすくなるのが特徴です。
クラウン会員特典として、未経験でもアメリア内の経験者向け案件に応募できるようになります。
「定例トライアル」開催スケジュール|翻訳者ネットワーク アメリア
主な勉強法(独学・翻訳スクール・通信講座)
勉強法は大きく分けて「市販の教材で学ぶ独学」「専門講師から指導を受ける翻訳スクール」「自分のペースで学べる通信講座」の3つがあります。
独学は費用を抑えられますが、疑問点は自分で解決する必要があります。翻訳スクールや通信講座は講師の指導を受けながら体系的に学べるメリットがある一方で、独学と比べて時間(通学)や経済面でのコストがかかる可能性があります。
医薬翻訳・医療翻訳の働き方は?求人の探し方も解説
医薬翻訳・医療翻訳の働き方はひとつではなく、雇用形態も多岐にわたります。ここでは、医薬翻訳・医療翻訳として働く際の雇用形態や在宅ワークの有無、求人の探し方について解説します。
雇用形態別に見る働き方(正社員・派遣・フリーランス・アルバイトなど)
翻訳会社や製薬企業では、正社員や契約社員のほか、派遣社員としての働き方も一般的です。案件ごとに業務委託(フリーランス)として受注する働き方もあります。このほか、アルバイトやパート向けの求人サイトで募集しているケースもあります。
在宅ワークとしての医薬翻訳・医療翻訳は可能?
求人サイトを見ると、在宅勤務に対応した求人も一定数存在します。ただし、すべての求人が在宅対応というわけではなく、出社をともなう案件や週に数日のみ在宅可能な案件などさまざまです。
求人はどこで探せる?
医薬翻訳・医療翻訳の求人は、以下のようなサイトやサービスで探せます。
- 総合型求人サイト
- アルバイト・パート向けの求人サイト
- 派遣会社の公式サイト
- 派遣社員向けの求人サイト
- 翻訳専門の求人サイト
- クラウドソーシング
- フリーランス・副業向けのマッチングサイト
雇用形態を問わず幅広く求人を探すなら、総合型求人サイトが役立つでしょう。このほか、翻訳会社や製薬企業の採用ページでも探せます。
また、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)でも、医薬翻訳に関わる事務補助員を募集した実績があります。
事務補助員(医薬翻訳事務)の募集について|独立行政法人医薬品医療機器総合機構
医薬翻訳・医療翻訳を依頼するには?
医薬翻訳・医療翻訳を依頼する先の選定は、規制対応や患者の安全にも関わる重要な判断です。国際規格であるISO17100(JIS Y 17100)の認証を取得している翻訳会社もあり、選定時の判断材料のひとつとなります。
医薬翻訳会社の見つけ方
医薬翻訳の委託先を選定することは、医薬品・医療機器の規制適合・臨床開発・市場導入・患者の安全に直結するため、ビジネスにおける極めて高い重要性を持ちます。
薬事日報では定期的に医薬翻訳に関連する企業を特集しており、適切な委託先を見極める上で非常に有効な情報源となります。ぜひ活用して、最適な医薬翻訳パートナーを見つけてください。
企画【医薬翻訳サービス】 2025年12月12日
まとめ|医薬翻訳・医療翻訳の展望と課題
医薬翻訳・医療翻訳は、薬学や医学の専門知識を活かせる将来性のある仕事です。専門性の高い分野なので、AIによる機械翻訳が広がっても人による最終確認が引き続き求められます。
一方で今後の課題となるのが、国際的な薬事規制の調和にともなう公式翻訳の広がりです。厚生労働省は2019年3月、医療用医薬品の添付文書について英訳ガイダンスを策定し、企業による英訳・公開を後押ししています。将来的には、一部の公定文書について公的機関が翻訳を用意することもあるでしょう。
ただし、企業が独自に作成する資料は、引き続き自前の翻訳が必要になると考えられます。規制調和が進むことで、海外資料を日本語に翻訳する重要性はむしろ増していくとみられます。そのため、医薬翻訳・医療翻訳の需要そのものが大きく減ることは考えにくいでしょう。
医療用医薬品添付文書の英訳ガイダンスについて|厚生労働省(2019年3月29日)























