分散型治験(DCT)完全ガイド:薬学生・新入社員が知るべき基礎知識と最新動向

更新日:2025年07月29日 (火)
2025年5月8日、厚生科学審議会臨床研究部会で「治験・臨床試験の推進に関する今後の方向性について」の2025年版骨子案を了承。分散型治験・臨床試験(DCT)やレジストリ・リアルワールドデータ(RWD)などの利活用に取り組むこととした。

2025年5月8日、厚生科学審議会臨床研究部会で「治験・臨床試験の推進に関する今後の方向性について」の2025年版骨子案を了承。分散型治験・臨床試験(DCT)やレジストリ・リアルワールドデータ(RWD)などの利活用に取り組むこととした。

 分散型治験(Decentralized Clinical Trial:DCT)は、デジタル技術を使って「自宅や近隣医療機関から治験に参加できる」仕組みです。従来の治験で避けられなかった頻繁な来院を減らし、ウェアラブル機器やオンライン診療でデータを取得します。本記事ではDCTの基本概念、実施方法、利点と課題、そして国内外の最新動向を、薬学生と若手社員向けに分かりやすく解説します。

1.分散型治験(DCT)とは何か?

 分散型治験(DCT)は、通院回数を最小限にした遠隔参加型の臨床試験です。従来型では検査や投薬のたびに病院へ行く必要がありましたが、DCTではオンライン診療や自宅計測を組み合わせます。

 具体的には以下のような手法で治験を進めます。

  1. オンライン診察、ビデオ通話を利用した遠隔医療
  2. 電子的な文書による治験参加の同意取得(これをeConsentと言う)
  3. ウェアラブル端末を用いて心拍数や活動量を常時計測し、クラウドに送信する
  4. 治験薬の使用状況を近隣の医療機関などが監視・管理
  5. 被験者が近隣の医療機関に来院するか、または訪問看護師が患者宅を訪れ、採血などの検査や体調確認を行う

 これらの方法を組み合わせることで、患者が日常生活を送りながら治験に参加できるようになります。

2.分散型治験(DCT)の基本概念と従来型との違い

 なぜ今、DCTが注目されているのでしょうか?その理由は主に3つあります。

患者負担の軽減 遠方からの通院や仕事を休む必要がなくなる
治験参加者の多様性確保 地方在住者や身体的制約のある方も参加可能に
データの質と量の向上 ウェアラブルデバイスによる24時間365日のリアルタイムデータ収集

 2020年のパンデミック以降は厚労省の規制緩和もあり、多くの製薬企業がDCTの導入を検討・実施しています。

従来型治験とDCTの比較表

 従来型治験とDCTの違いはどのような点にあるのでしょうか。主な差異を比較表にまとめました。

項目 従来型治験 分散型治験(DCT)
実施場所 指定医療機関のみ 自宅+地域の医療施設+必要時のみ中心施設
データ収集 来院時に医療従事者が測定 デジタルデバイスなどで継続的に自動収集
被験者の負担 頻繁な来院(交通費・時間・体力) 来院回数を最小限に削減
参加可能な患者 施設近隣の住民が中心 地理的制約なく幅広い層が参加可能
試験の監視者 CRA(Clinical Research Associate=モニター)が施設を訪問して試験手順を確認 リモートでリアルタイムにデータ確認

ハイブリッド型DCTという現実的な選択

 実際の臨床現場では、完全な分散型ではなく「ハイブリッド型DCT」が主流となっています。これは、初回来院や重要な検査は医療機関で行い、日常的なデータ収集は自宅で実施する方法です。患者さんの安全性を確保しながら、利便性も向上させるバランスの取れたアプローチといえます。

3.DCTがもたらす医薬品開発の未来

 これから発展するDCTは医薬品開発にどのような影響をもたらすと考えられているのでしょうか。DCTの発展によりもたらされるポジティブな影響をまとめました。

 

患者中心医療の実現

 患者さんの生活を中心に据えた治験が可能になります。

アクセシビリティの向上 地理的・身体的制約を超えた参加機会
QOLの維持 日常生活を継続しながらの治験参加
患者の声の反映 リアルタイムフィードバックによる試験改善

リアルワールドデータの活用

 DCTでは連続データが得られるため、生活環境下での評価を行える可能性があります。

  • 24時間の生体データによる詳細な評価
  • 日常生活での服薬アドヒアランスの把握

グローバル治験の効率化

 DCTは国境を越えた同一プロトコル運用を後押しします。クラウドでデータを一元管理できるため、監査の効率化や開発コスト削減が見込めます。

患者、製薬企業、医療施設-それぞれのメリット

 DCTの発展による患者、製薬企業、医療施設といったプレイヤーのそれぞれのメリットをまとめました。

患者側の具体的メリット

  • 通院頻度が減り、体力的な負担や交通費など経済的負担も減少する。
  • 高齢者や障害のある方、遠隔地に住む方でも参加が可能になる。
  • 普段の生活に近い状態で治験を受けられるため、薬の効果がより日常に近い形で評価できる。

製薬企業や医療施設側のメリット

  • 広範囲・広地域から患者を募集しやすく、治験参加者が集まりやすい。
  • 治験期間を効率的に短縮し、新薬の開発速度を高められる。
  • 日常生活で得られるリアルワールドデータ(実際の生活状況下で集められる現実的な医療データ)が取得可能になる。

4.分散型治験の課題と解決方法(ソリューション)

 しかし、DCTの導入にあたっては注意する課題もあります。各課題と解決策についてまとめました。

1. 技術的課題:デジタルデバイドへの対応

課題 高齢者や IT に不慣れな参加者は機器操作が難しい
解決策
  • ボタン数を絞った直感的 UI
  • 24時間電話サポート
  • 初回訪問で実機レクチャー
  • 家族・介護者に代行操作を依頼

2. データの信頼性確保

課題 患者自身による測定データの正確性・一貫性の担保
解決策
  • 医療グレードの認証済みデバイス使用
  • 自動記録機能による人為的ミスの削減
  • AIを活用した異常値の自動検出
  • 定期的な対面での確認訪問

3. 規制・制度面の整備

課題 国や地域により異なる規制への対応
解決策
  • 国際的な標準化団体(ICH等)での議論推進
  • 各国規制当局との事前相談
  • パイロット試験での実証データ蓄積
  • 業界団体による働きかけ

4. 医療機関の負担とインセンティブ

課題 新しいシステム導入や役割変化への対応
解決策
  • 十分な教育・トレーニング期間の確保
  • 適切な費用補償体系の構築
  • 成功事例の共有

5. 患者の安全性確保

課題 緊急時の対応や有害事象の早期発見
解決策
  • 24時間対応のメディカルホットライン
  • 地域医療機関との連携体制構築
  • リアルタイムモニタリングシステム
  • 明確な緊急時対応プロトコル
  • 5.まとめ

     分散型治験(DCT)は、デジタル技術を活用して患者参加型の臨床試験を実現する革新的なアプローチです。COVID-19を契機に急速に発展し、現在では多くの製薬企業が導入を進めています。今後は、薬局・ドラッグストアからの治験薬交付、被験者のフォローアップも認められる方向です。

     一方で、技術的課題、規制対応、データの信頼性確保など、解決すべき課題も存在します。産官学の連携により、課題は解決に向かっています。

     これまで分散型治験(DCT)は、製薬企業の臨床開発職が主要な役割を担っており薬局・ドラグストアには直接関係ありませんでしたが、今後はGCP省令の見直しにより研究開発支援薬局が設けられる予定となるなど、薬学生や薬剤師の皆さんが関わることになるかもしれない重要なテーマです。患者さんのことを第一に考えながら、新しい技術を活用して、より良い医薬品開発に貢献していくことが求められています。

     DCTは医薬品開発のパラダイムを変えつつあります。次世代を担う皆さんが、患者中心の臨床開発を形づくる主役になることを期待します。



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