翻訳の科学的正確性重視‐アカデミアから依頼増

平井氏
医学・製薬分野に特化した翻訳サービスを提供するMCLは2002年の創業以来、専門性と品質を重視した事業を展開してきた。創業のきっかけは、米国国立がん研究所(NCI)が公開する癌情報(PDQ)の日本語化プロジェクト。その推進者である福島雅典氏(京都大学名誉教授)が「癌の治療や予防に関する情報を正確に日本語で提供することが患者と医療者双方にとって不可欠」と考え、米国の大規模データベースの日本語化を始動。その一翼を担うべく設立されたMCLは以来、科学的正確性を特に重視する翻訳を事業の根幹に据えてきた。
現在のMCLは、治験実施計画書(CSP)、治験薬概要書(IB)、医薬品承認申請資料(CTD)など製薬業界の中核文書をはじめ、総合医学書や専門書、患者向け情報、医療教材など医学コンテンツも重点的に扱っている。特に、臨床医学のほぼ全領域を網羅するMSDマニュアル(https://www.msdmanuals.com/ja-jp/)の翻訳には20年近く取り組んできた。こうした文書には正確性と可読性の両立が求められ、昨今標準となっている機械翻訳からのポストエディットの範疇を越える、背景知識を踏まえた高度な判断が不可欠だ。
クライアントは製薬企業だけでなく、大学や研究機関、学会など多岐にわたる。近年はこうしたアカデミアからの依頼が増えており、論文投稿支援や査読対応など、研究者の国際発信をサポートする業務にも注力し、その過程で専門知識のアップデートを絶えず進めている。
近年は機械翻訳や生成AIの活用を積極的に進めており、情報通信研究機構(NICT)が開発した自動翻訳エンジン「TexTra」をベースとして、前述のMSDマニュアルの対訳データを大量に学習させた医学系コンテンツ特化型翻訳エンジン「MediTRANS」に、チャットGPTなどの生成AIと連携する機能を追加した融合型プラットフォーム「MediTRANS Plus」の試験運用を開始した。MSDマニュアル日本語版は、総監修の福島氏の徹底した指導のもと、原文の情報を過不足なく忠実に訳出するという方針が貫かれた、正確性を重視する翻訳用AIの学習データとして理想的な素材であり、MediTRANSが生み出す正確な翻訳の源となっている。そこに生成AIを組み込むことで、正確性を担保した上での迅速かつ精密なブラッシュアップを可能にしている。
代表取締役の平井由里子氏は「AIで代替できる部分は増えたが、原文の科学的意図を正しく再現するには、人の判断が不可欠」とし、MediTRANS Plusに生成AIの出力結果をユーザ自身が判断するためのインターフェースを実装した。また、「翻訳は単なる言語変換ではなく、専門知識に基づく深い文脈理解を要する作業であり、様々なテクノロジーが台頭する中で『人と機械の最適な役割分担』を常に意識すべき。医薬翻訳は原文忠実が基本で、恣意的な解釈が入れば、科学的な信頼性は崩壊する。AIはあくまでツールであり、最終判断を下すのは人」と強調する。
そして「生成AIの出力は極めて有用であるが、原理的に人による確認が不可欠であり、その判断に必要な力を磨き続けていくという翻訳者に課された要求は、AI台頭前に求められていた資質より、はるかに高度になっている」と話す。
平井氏は「科学は人類の共有財産。その正確かつリアルタイムな共有、さらには言語圏をまたいだ正確な継承のために、言語の壁を取り除く役割を果たしていきたい」と話す。“自らの無知を自覚し、驕らず、著者と読者の橋渡し役として、そして翻訳のプロフェッショナルとして、医学薬学の発展に一滴の貢献ができる喜びと誇りを忘れない。”という創業以来の理念のもと、医薬翻訳の専門企業として、今後も正確性と信頼性を軸に、世界と日本をつなぐ役割を担っていく構えだ。
MCL
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