日本薬学生連盟広報部
日本薬学生連盟広報部は、漢方薬の科学的エビデンスを明らかにすることを目指して研究に邁進している、ツムラ漢方研究所(漢方研究二部)部長で薬剤師の水野景太さんにお話を伺いました。庄司春菜(東京薬科大学薬学部4年生)が聞き手となり、漢方研究ならではの面白さや今後の可能性について、水野さんのご経験から感じたことを語っていただきました。漢方や生薬の独特の魅力を感じてもらえれば幸いです。(執筆:大阪医科薬科大学薬学部5年生 塚本有咲)
――水野さんの現在の業務についてお伺いしたいです。
私の所属しているツムラ漢方研究所(漢方研究二部)では漢方薬の薬理領域に関する研究をしています。「漢方薬はどういった患者さんにどのように効くのか」を見出していく仕事です。
学生時代に専門として研究していた、認知症や脳卒中といった中枢神経系の薬理領域と、現在扱っている領域は比較的近いので、当時培った知識やノウハウが現在の業務でも活かされていると感じています。
当社の他の研究所としては、エビデンス創出や新規事業開発を担う「先端技術研究所」、製剤の品質や製造の開発を行う「CMC開発研究所」、生薬の品質評価を行う「生薬研究所」などがあります。
――学生時代から入社するに至るまでの経緯を教えてください。
静岡県立大学薬学部卒業後は京都大学大学院薬学研究科に進学しました。当時は天然化合物を扱い、神経保護作用に関しての研究を行っていました。ずっと研究に打ち込んでいたこともあり、将来的には数ある医療課題の中でも「研究を通じて社会に貢献したい」と感じ、製薬企業の研究職として働きたいと考えていました。
漢方薬の知識については大学の授業で少し学んだ程度で、ほぼ知らない状況でした。しかし調べていく中で、長い間臨床で使われてきたにもかかわらず作用機序はほとんど明らかになっていないことを知りました。日本の高齢化社会が進行していく中で、漢方薬が果たす役割や将来性は非常に大きいとも感じていたので、自身の研究背景を活かして解明していきたいと関心をもちました。
入社当初はがん領域(支持療法)の基礎研究を行い、その後女性関連領域の臨床研究や基礎研究を国内の医療機関や大学など様々な研究機関と、共同研究を行いました。それらの経験を経て、現在は高齢者関連領域の研究を担当しています。
――大学時代と現在の研究を比べて、ギャップに感じたことはありますか。
まずはスケール感です。一人当たりに配分される研究費も現在の方が充実しており、利用できる実験装置もより大規模で高度なものが整備されています。研究のスピードや期日の意識を強く持ちながら研究を行う必要があるというのも、企業の研究者ならではだと思います。定められた就業時間内でどのように結果を出していくか、時間の使い方をどう工夫していくかを日々検討していくことに加え、研究結果を社内外で発表する際も、責任感が求められると率直に感じます。
様々な部署と連携するところも特徴です。違う領域を担当する部署同士が一緒に研究を行うことや、漢方薬による腸内細菌の変化や血液の代謝物、遺伝子変化といった様々な解析を得意とする先端技術研究所と連携して研究を進めることもあります。
――研究職のやりがいは何だと感じますか。
得られた研究成果を論文として終わらせるのではなく、最終的に社会に還元し、反映できるところだと思います。研究結果を情報提供資材という形に変え、MR(医薬情報担当者)を通じて医療関係者に伝えることで、最終的には困っている患者さんのお役に立つことができます。
未知のものを明らかにしていくことは、自身の知的好奇心を満たせるという点でもやりがいのひとつです。
未解明な部分が残る面白さ
――漢方薬の研究ならではの特徴や面白さはどのようなところですか。
研究における考え方が西洋薬とは違っているところです。西洋薬は「化合物が標的分子に対してこう作用するから、この疾患に効くのでは」といった発想ですが、漢方薬は「これまでの経験則でこんな症状の患者さんに効くけれども、どんなメカニズムで効いているのかは明らかでない」という未科学な部分が特徴なので、そこを研究によって解明できるのは研究者としての面白みです。
――漢方の新薬が世に出てくる可能性というのはありますか。
私も入社当初はこういう漢方薬を作ってみたら面白いのでは、とイメージを膨らませたことはありましたが、エビデンスに基づいた新たな漢方薬を生み出すことはまだまだ難しいと感じています。例えば、「抑肝散を作る際になぜ釣藤鈎という生薬をこの割合で入れたのか」という理由が技術の進歩によって明らかになってこないと、新しい漢方薬を作る段階に進むのは厳しいです。
ツムラでは現在129処方もの漢方薬を扱っているのですが、新しい薬を作っていくのではなく、「漢方がどのように効果を発揮しているのか」という方針で科学的なエビデンスを作る研究を現在進めていることを知ってもらいたいです。
――漢方が体内で作用するメカニズムについては、現在どの程度まで解明されていますか。
ツムラとしては現在、高齢者関連領域、がん領域(支持療法)、女性関連領域の3つの領域を重点的に研究していくと定めています。具体的な漢方薬としては、大建中湯、六君子湯、抑肝散などです。最近私が力を入れているものだと、人参養栄湯や加味帰脾湯などがあげられます。これらの処方に関しては、有効性、安全性、作用機序を含む科学的エビデンスはかなり研究データとして蓄積されてきたと実感しています。
私の領域で担当している抑肝散を例に出すと、認知症の周辺症状の攻撃性行動を改善するという臨床エビデンスがあり、その作用機序としてグルタミン酸やセロトニン系に作用することや、その活性成分も解明されてきています。
会社の経営資源には限りがあるので全ての漢方薬を一斉に検討していくのは難しいところですが、やれることもやるべきことも、驚くほどたくさんあります。
標準化と個別化に注力
――今後はどのように漢方研究を進めていきますか。
今後の方向性としては、ツムラでは漢方治療の「標準化」と「個別化」への対応の2点に注力して研究を進めていきます。
標準化では「こういう疾患に対してこの漢方薬を使うと効果を示す」といった、適応の範囲内において、様々な疾患に対する漢方薬を用いた標準治療の確立に向けた可能性を広めていくことを目指します。
個別化は今後の医療の中で漢方薬が貢献していく上で特に重要だと思っています。「漢方薬がどういった人に効くのか、効果に影響するバイオマーカーが存在するのか、逆に効かない人にはどういう漢方薬が提案できるのか」といったような視点で研究を進める必要があると思っています。具体的には、遺伝子の違いや代謝物やタンパクの変化といったレベルで、効果を示す人と示さない人にはどういう違いがあるかなどに着目して、今の技術を使って科学的に証明していく取り組みを行います。
――漢方薬の海外進出は検討されていますか。
大建中湯という漢方薬を米国で開発する話が進んでいます。管轄するFDA(米国食品医薬品局)の審査基準は厳しく、現時点ではまだ実現していませんが、漢方薬がその厳しい基準を通過できれば、この先世界に広げていく上でとてもインパクトがあります。社内の国際開発部門を中心に、そこを目指して検討を重ねています。
――仕事に対する今後の展望は。
漢方薬を国内で活用する場面はたくさんあると思っています。エビデンスを通じて漢方薬の可能性をどんどん広めていきたいです。
長く使われてきたために、構成生薬各々の持つ作用の情報は割と多く存在します。漢方薬は生薬が集まって構成されるものですので、今後、新しい仮説を作れるのではないかとも考えています。
今ちょうど取り組んでいますが、すでに判明している構成生薬の情報をもとに、「こういう疾患に対して適応できる可能性があるのでは」といったことが見えてきます。基礎研究を行ってみると、その仮説通りの結果が出てきました。現在は臨床段階まで進めて検討しているところです。
――学生時代に漢方研究の経験がないとツムラへの就職は難しいでしょうか。
漢方研究の経験がある方は実はそんなに多くはないです。私も薬学部の出身ですが漢方の研究経験はなかったですし、現在の薬理研究のグループ内の研究員も、理学や農学、工学の学部をバックグラウンドに持つ方など様々です。過去の経験分野も、生物や細胞、分析などが専門だったりする人も多いので、全然問題ないと思います。
多様性があると、発想がそれぞれ異なって面白いと率直に感じるので、むしろ私はそれが良いのかなと思っています。
――最後に、研究や漢方に興味を持つ薬学生へのメッセージをお願いします。
漢方薬は長く使われてきた一方で未科学な部分が多く、そこを解明していくことは研究者としてすごく面白いと思います。研究成果を論文化するだけでなく社会に還元していくことを意識した活動も行っていくので、研究を通じて医療に貢献していきたいと考えている方は、このような分野の道もありなのではと思います。
何事においてもそうだとは思いますが、自分自身の興味を大切にして、可能性を狭めずに挑戦していっていただきたいです。





















