【ヒト・シゴト・ライフスタイル】和漢素材の魅力や情報伝える‐自然と薬草への関心、仕事に生かす ツムラ ヘルスケアカンパニー ヘルスケア企画部ウェルネスマーケティング二課 課長 坂本樹さん

2026年06月20日 (土)
坂本樹さん

 「自然のものが好きなんですよね」。そう語るのは、漢方製剤を主軸とした事業を手がけるツムラで働く薬剤師の坂本樹さん。同社のMRとして15年の経験を積んだ後、現在は和漢素材を活用した食品の開発やマーケティングに携わっている。ツムラのヘルスケア部門が企画する「和漢学校」の講師として、一般の生活者らに和漢素材や養生を分かりやすく伝える役割もある。休日には生薬の自生地を訪ねて山に入り、生薬農家のもとにも足を運ぶ。高校時代に芽生えた自然と薬草への関心が、現在の仕事と私生活を貫く軸になっている。

薬食同源食品で健康サポート‐正しく分かりやすく情報発信

 坂本さんが所属するヘルスケア部門は、医療用漢方製剤を主力とするツムラにとって、事業ポートフォリオの多柱化を推進する上で重要な分野だ。同部門の売上は全体の数%にとどまるものの、ツムラは長期経営ビジョンにもとづく養命酒事業の買収を契機に、一般用漢方製剤や健康食品を統合した「生涯健康サポート事業」へと発展させる戦略を描く。既存の顧客である医療従事者だけではなく、一般生活者との接点をどのように広げ、継続的なコミュニケーションを通じて「生涯健康サポート」を実現していくのかが事業発展の鍵を握る。

 ツムラの将来を担うこの重要な分野で坂本さんは、ヘルスケアカンパニー・ヘルスケア企画部ウェルネスマーケティング二課の課長を務める。担当するのは、和漢素材を用いた薬食同源食品の開発やマーケティングだ。「和漢素材を使った食品を通して、お客様の健康を生涯にわたってサポートしていきたい」と話す坂本さん。医薬品とは異なり、食品は日々の生活の中で継続して取り入れられるものだからこそ、「品質や安全性への配慮に加え、誤解のない分かりやすい情報提供がより重要になる」と語る。

「和漢学校」の様子

「和漢学校」の様子

 こうした業務と並行して関わっているのが、ツムラのヘルスケア部門が企画する「和漢学校」の取り組みだ。会場を学校に見立てて、一般の生活者やメディア関係者らに向けて、講師が和漢素材や養生に関する情報を分かりやすく伝えるもので、昨夏から始めた。一般生活者との接点づくりの場にもなる。坂本さんは薬剤師資格に加え、「漢方生薬ソムリエ」や社内で認定者が2人しかいない「ツムラ漢方グランマイスター」の資格を持ち、和漢学校で講師を務める。

 インターネットで多くの情報が得られる時代だからこそ、「信頼できる情報を分かりやすく届けることが重要になる」と坂本さん。「漢方や生薬の情報は検索すれば出てくるが、根拠が薄いものや本流から外れたものもある。ツムラは、正しい情報発信のパイオニアにもなりたい」と語る。

 もっとも、坂本さんは人前で話すことが得意だったわけではない。MRとして15年間活動する中で、話す力や伝える力を磨いた。特に、MR時代に培ったものの一つが、「伝え方・伝わり方」への意識だ。MR時代、専門家を前に略語を使わず正確な言葉で丁寧に説明する医師の姿勢に感銘を受け、自身も、初めて聞く人にも伝わるように略語は安易に使わないよう意識してきた。現在の食品事業でも、情報の伝え方・伝わり方を大切にしている。健康食品のような領域では、「おいしいだけでなく、素材や体との関わりを分かりやすく伝える必要がある」と強調する。

生薬の自生地探して山を歩く‐農家と交流、漢方への思い聞く

富山県黒部渓谷の「下ノ廊下(しものろうか)」にて。右側に写るのが坂本さん

富山県黒部渓谷の「下ノ廊下(しものろうか)」にて。右側に写るのが坂本さん

 社員としての活動に加え、坂本さんはプライベートでも山に入り、生薬の自生地を訪ねる。ブクリョウ、オウレン、ビャクジュツなど、生薬に関わる植物を探し、写真や動画も撮影する。訪れるのは福井県の山々や埼玉県秩父郡の二子山、黒部ダム周辺など。時には急峻な岩場など険しい場所にも足を運ぶ。「岩場から転落したら、本当にもういなくなっちゃうんで。でもその時は誰かが仕事をやってくれる」と冗談めかして笑う。

 山を歩く時間は、坂本さんにとって生薬の自生環境を知り、自然の変化を肌で感じる時間だ。4Kで撮影した自然映像は、交流のある医師が勤める病院の待合室でも流れており、自然や生薬の魅力を伝えることにもつながっている。

 以前から「自然のものが好きだった」と坂本さん。高校時代には友人と山にセンブリを採りに行ったことがあった。センブリとは、バラエティ番組の罰ゲームでも知られる苦味の強い薬草。埼玉県飯能市の山間部に住んでいたその友人は、センブリが群生する「秘密の場所」を知っていた。薬草に詳しい彼と共に、採ってきた薬草でオリジナルの「十六茶」を作った経験が、薬草や漢方への関心を深める大きなきっかけになったという。

 薬用植物が育つ環境は美しく、同時に繊細でもある。自生地を訪ねる中で、「自然は当たり前にずっとその辺にあるものではない」と感じるようになった。メガソーラーなどの開発で、山の環境は大きく変わってしまう。「今当たり前にある自然も、人の手の加え方によっては、近い将来なくなってしまうかもしれない。すごく大事な資産なのではないか」と思いを語る。

福島県会津若松市のオタネニンジン農家にて。収穫は朝5時前から開始される

福島県会津若松市のオタネニンジン農家にて。収穫は朝5時前から開始される

 坂本さんは、生薬農家との交流も大事にしている。福島県会津若松市でオタネニンジンを生産している農家とは、長年にわたり関係を築いてきた。オタネニンジンは、種まきから収穫まで最低4年を要する。「今から始めても、最初の現金化が4年後、もっと長いオウレンなら15年後になる。自然災害やライフイベントの変化もある中で、続けるのは本当に大変」と語る。

 国産生薬は価格面でも海外産との競争が難しい。栽培は大変で、利益も大きくない。農家にとって必ずしも魅力的な作物とは言いがたいが、「人々の健康のためになるから」と、生薬栽培を続ける人も少なくない。会津若松のオタネニンジン農家も、米作りを主な仕事としている。地域に根差した伝統的な作物であり、人々の健康に関わるものであることが、栽培を続ける支えになっているという。「農家さんの苦労や、漢方に対する思いを聞ける。会社で仕事をしているだけでは、間違いなく手に入らない知識がある。自分の足で現場を回ることはすごく大事」と坂本さんは強調する。

 薬学生に向けて坂本さんは、「人と接してお金をもらう体験はすごく重要」と、アルバイト経験を勧める。北陸大学の薬学生時代には、金沢の結婚式場で3年間アルバイトを経験。配膳だけでなく、親族への進行説明も担当するようになった。社会の中で人と関わることが、後のコミュニケーション能力の獲得にもつながったと話す。

 薬学生に「自分の大好きなものを一つでもいいので作ってほしい」と坂本さん。自身も、好きなものを仕事につなげてきた。高校時代のセンブリ茶から始まった関心は、薬学部での学びを経て、仕事へとつながった。今も山に入り、生薬農家を訪ね、多くの人に伝えている。「好きなものをやり続けてきた結果が今につながっている」と笑顔で語る坂本さんの歩みは、仕事と私生活を横断しながら広がり続けている。



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