“臨床推論”という思考プロセスが、薬剤師の注目を集めている。主訴や自覚症状、フィジカルアセスメント、検査所見などから病気を診断するスキルとして医師が活用しているものだが、他の医療職にとっても役立つスキルになると期待されるからだ。
薬剤師は臨床推論のスキルを習得し、臨床現場で積極的に活用するべきだ。必要な教育体系を構築し、将来は薬剤師の業務に特化した臨床推論を確立することも望まれる。
9月に仙台市で開かれた日本医療薬学会年会。臨床推論をテーマにしたシンポジウムの会場は立ち見が出るほどの盛況で、薬剤師の注目度の高さを改めて実感させられた。
講演した川口崇氏(東京薬科大学医療実務薬学教室)によると、臨床推論とは患者管理に必要な意思決定のための思考プロセス。医師による診断だけでなく、医療スタッフが医師に相談するかどうかを意思決定することも含んでいる。そのスキルを薬剤師が習得すれば、患者から何を聞くことが重要なのか、意図的に話を聞けるようになる。それが共通言語になって、医師や多職種とのコミュニケーションが円滑になるという。
シンポジウムでは医師の岸田直樹氏(手稲渓仁会病院総合内科・感染症科)も「臨床推論は診断のためだけにあるものではない。なぜ医師がそのように診断したのか、薬が効いているのかどうか、患者の容体が良くなっているのかどうかなどを判断するのに活用できる。前向きにチームで議論するための最低限のツール」と語った。
圧巻だったのは東加奈子氏(東京医科大学病院薬剤部)の報告だ。吐き気、食欲不振、ふらつきを訴え、経口抗がん剤「TS‐1」の副作用を疑って入院した71歳男性、胃癌患者。そのベッドサイドに持参薬確認のため東氏が出向いた時の経験を振り返った。
TS‐1の副作用かどうかを評価するため、東氏はベッドサイドで症状の発現状況を具体的に聴取。さらに他の症状をチェックする過程で患者の手に触れると、冷感があり湿っていた。様々な要因が頭に思い浮かび、その一つとして持参薬に注目。約1週間前にぎっくり腰になった患者は、非ステロイド性抗炎症薬の(NSAIDs)を多用していた。NSAIDs潰瘍による循環血液量減少性ショックを疑った東氏は看護師に連絡。血圧を測定すると、脈拍数が収縮期血圧を上回っていた。すぐに手術中の主治医に連絡。急いで駆けつけてきた医師によって出血性胃潰瘍との診断が下され、迅速に対処できたという。
臨床推論が注目を集めるのは、ベッドサイドに近い位置でチーム医療の一員として薬剤師が業務を担う機会が増えたからだ。ただ、その活用に当たっては、医師の独占業務である診断に踏み込まないよう注意が必要だ。薬剤師にとって臨床推論にはどんな有用性があるのか。議論を深めつつ、現場で活用するべきだ。