井川 智之、石井 慎也、島岡 伸、樋口 義信、橘 達彦(中外製薬)
抗体は、血管内皮細胞などの細胞に取り込まれても、胎児性Fc受容体(FcRn)に結合することにより血液中に汲み出されるため、一般的な他の蛋白質に比べて長い血中半減期を示す。しかし、抗原が受容体などの膜型抗原である場合、通常の抗体は膜型抗原に結合すると、膜型抗原の内在化に伴い結合したままライソソームに移行し、蛋白質分解酵素によって分解されてしまう(図左)

われわれは、この課題を克服するために、従来の抗体では不可能であった抗体1分子が抗原に繰り返し結合することができるという革新的なリサイクリング抗体技術を開発した。
これは、抗体に酸性条件下で抗原から解離する性質を付与することで、抗体が膜型抗原に結合して細胞内に移行しても、最初の移行先であるエンドソームの酸性条件下で抗原から抗体が離れるため、抗原のみがライソソームに移行・分解され、抗体はFcRnにより血液中に戻り、別の抗原に再度結合することができるようになり(図右)、抗体の消失を低減することを可能にするという技術である。
われわれは、この独自の抗体改変技術を適用することで、リサイクリング抗体であるヒト化抗IL-6レセプターモノクローナル抗体、サトラリズマブを創製した。
サトラリズマブは、臨床第I相試験で4週に1回の皮下投与が可能となる薬物動態が確認され、視神経脊髄炎(NMO)および視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)患者を対象に実施された2本の第III相国際共同治験成績において、有効性および安全性が示された。
これらの結果に基づき、2018年に米国食品医薬品局(FDA)からブレークスルー・セラピーの指定を受け、19年にNMOSD(NMOを含む)の再発予防を適応として日・米・欧・台湾で承認申請が行われた。
現在までにサトラリズマブは日・米・欧州を含む世界62カ国で承認され、NMOSDの治療に貢献をしている。
また、サトラリズマブの創製を通じて確立されたリサイクリング抗体技術は、その汎用性の高さから、現在複数の臨床開発中の抗体医薬品に使われており、抗体医薬品の可能性をさらに広げている。