明治薬科大学薬効学研究室専任講師 道永 昌太郎
外傷性脳損傷(traumatic brain injury:TBI)は事故や転倒などの際に頭部を強打することで惹起され、一命を取り留めた場合でも持続的かつ不可逆的な後遺症によりQOLの著しい低下を招く重篤な病態である。
日本における患者数は年間30万人以上と推定され、早急な薬物治療が望まれるが、有効な治療薬は確立されていない。TBI時の脳内ではバリア機能を担うBlood-brain barrier(BBB)が破綻し、血管内容物の漏出により脳浮腫が惹起されることで脳機能が著しく障害される。BBBの機能には脳内のグリア細胞であるアストロサイトが密接に関わっており、アストロサイト由来の血管透過性亢進因子はBBBの破綻を促進し、血管修復因子はBBBの破綻を修復する作用がある。
従って、アストロサイトの機能分子を標的としてその機能をコントロールできる薬はBBBの破綻を抑制できることが想定され、TBIの新規治療薬となり得ることが期待される。本研究成果より、TBIモデルマウスの脳組織ではエンドセリンETB受容体、ヒスタミンH2受容体、transient receptor potential vanilloid 4(TRPV4)がアストロサイトにおいて高発現していることが見出された。
それぞれの機能分子に作用する薬の効果を確認したところ、ETB受容体拮抗薬、H2受容体作用薬、TRPV4阻害薬はアストロサイト由来の血管透過性亢進因子の発現を抑制し、血管修復因子の発現を増加させることでTBIモデルマウスにおけるBBBの破綻および脳浮腫を抑制できることが示唆された。
現在、臨床で使用されている治療薬でアストロサイトの機能分子を標的とした治療薬は確立されていないため、本研究で示唆された候補薬は既存薬では治療することができない脳損傷などに対する新規治療薬となり得る可能性を秘めている。
今後、アストロサイトの病態時における役割やアストロサイトの機能分子に作用する薬の効果などをさらに解析していくことで、新規治療薬の創出のための研究に取り組む所存である。