青木俊明、山脇健二、佐藤剛章、山野佳則(塩野義製薬)、西谷康宏(塩野義製薬2011年退職)
世界保健機関(WHO)や米国疾病予防管理センター(CDC)が警鐘を鳴らすように、2000年代に入り、強力な抗菌活性を持つカルバペネム系抗菌薬が有効性を示さない薬剤耐性グラム陰性菌感染症の報告数が年々増加し、その世界的な拡大が脅威となっている。
カルバペネム耐性の主要メカニズムは、細菌外膜の透過性の低下とカルバペネム系抗菌薬をも分解する酵素(カルバペネマーゼ)の産生であり、これらの耐性要因の克服が新たな抗薬剤耐性菌薬に求められる。
細菌は、自身の生存や感染成立に欠かせない栄養素である鉄を獲得するために、カテコール基等の鉄キレート部位を構造中に有するシデロフォアと総称される化合物を産生し、外界に分泌する。シデロフォアは、外部環境中の3価鉄とキレート錯体を形成した後、能動的な輸送経路を介して鉄を菌体内に取り込むことができる。
シデロフォア抗菌薬のコンセプトは、鉄キレート部位を導入した抗菌薬を、細菌の鉄輸送システムを介して能動的に取り込ませ、菌体内の薬剤濃度の上昇により効率的に標的菌を死滅させることである。このコンセプトはギリシャ神話になぞらえ「トロイの木馬」戦略とも呼ばれ、1980年代に世界中の製薬企業によって行われたが、いずれも開発途上で失敗に終わっている。
私たちは、80年代に見出していたセファロスポリン骨格を持つシデロフォア抗菌薬A-2を起点とした構造活性相関研究を2000年代後半より開始し、カルバペネマーゼ産生カルバペネム耐性グラム陰性菌に対して良好な抗菌活性を有するセフィデロコルを見出した。
複数の臨床試験を経て、本剤の良好な有効性と安全性・忍容性が検証され、19年から20年にかけて、米国においてはグラム陰性菌による複雑尿路感染症および院内肺炎、欧州においては治療選択肢が限られたグラム陰性菌感染症に対する治療薬としての適応を取得した。
セフィデロコルは、WHO必須医薬品モデル・リストに掲載され、さらに薬剤耐性菌感染症の影響を受けている低中所得国の本剤へのアクセス改善プログラムを開始するなど、治療選択肢がない様々な多剤耐性グラム陰性菌感染症の新たな治療法として、公衆衛生上の課題解決を通じた社会貢献が期待されている。