塩崎真、野路悟、小西典子、谷本敦男、仲裕一(日本たばこ産業)
アトピー性皮膚炎(AD)は、皮膚の状態悪化ならびに掻痒を原因とする睡眠障害がメンタルヘルス不調を招き、QOLの低下につながる慢性皮膚疾患である。厚生労働省の発表によれば、国内患者数は51万人を超え、1990年の22万人から増加の一途を辿る。
医療費に労働生産性の損失を加えた関連費は年間約3兆円と言われ、経済への打撃は極めて深刻である。治療オプションには、ステロイド外用薬をはじめ効果的な薬剤が存在する一方、ガイドラインに記載されるように長期投与に懸念があるなど、新規薬剤に対するアンメットニーズは高い。
最新の研究結果から、免疫系異常、皮膚バリア機能異常、掻痒のクロストークがADの症状悪化につながることが示唆され、これら3者全てに効果を示す薬剤の登場が待ち望まれてきた。
今回、受賞の対象となったdelgocitinib軟膏(コレクチム)は、ヤヌスキナーゼ(JAK)ファミリー(JAK1、JAK2、JAK3、TYK2)の阻害を通じ、免疫系を活性化させるTh2サイトカインをはじめ、皮膚フィラグリン量を低下させるIL-4、かゆみ物質であるIL-31産生をも抑えるため、免疫系異常、皮膚バリア機能異常、掻痒全てを改善することが期待されている。
delgocitinibは、分子量わずか310と極めてコンパクトにも関わらず、JAKファミリーに対し10-⁹オーダーから阻害活性を示す。
通常、分子量が小さい化合物は選択性獲得が困難な傾向にあるが、本化合物は非JAKファミリーである典型的なキナーゼ49種に対して1μMでも作用しないという優れたJAK選択性を示す。
スタート当初より、低分子量、三次元性の高さに象徴される“ドラッグライクネス”を志向して研究を行い、2020年6月にdelgocitinib軟膏は外用JAK阻害薬として世界初、AD外用薬としては国内20年ぶりの新薬として承認されることとなった。
ADは、そのほとんどが乳幼児期に発症することが知られ、わが子が患部を掻きむしりながら泣き叫ぶ姿、容姿をからかわれて不登校になる場面を想像すると胸が締め付けられる。こうした不幸に苦しむ全ての人々に、本薬剤が福音をもたらすことを心より願っている。