星薬科大学発ベンチャーのシンスター・ジャパンは、マラリア等の熱帯病治療薬の開発を目指して立ち上がった。科学技術振興機構(JST)の支援を受け、見捨てられた途上国の患者を救う国際貢献を旗印に、定年を迎えた大学、企業の有機合成研究者が一肌脱ごうと結集した。既に、マラリア治療薬として有望な候補化合物のベンゾフェノキサチン誘導体を見出し、スイスの非営利組織「メディシン・フォー・マラリア・ベンチャー(MMV)」の開発プロジェクトに支援を申請。臨床試験の実施に向け、採択されるかどうか大きな関門に差しかかっている。代表取締役社長の伊藤勇氏は、「われわれが強みとする合成技術によって、何とか日本発の国際貢献を果たしたい」と意気込みを語っている。
シンスター・ジャパンは、井原正隆星薬科大学特任教授(東北大学名誉教授)の研究成果を背景に設立された。共同設立者には、富士フイルム出身の伊藤氏が代表取締役として名を連ね、同僚だった阪之上清以紀氏が取締役、富樫博之氏が科学アドバイザーとして参画。いずれも定年を過ぎた研究者が、国際貢献の旗の下に結集した。
同社がターゲットとするのは、未だ有効な治療薬が存在しないマラリア、リーシュマニア病、アフリカ睡眠病などの原虫疾患治療薬。日本の合成技術で治療薬を開発し、途上国の患者に貢献することを目的に掲げる。伊藤氏は「もともと利益を追求する気持ちはないが、公的資金だけではやっていけないのも事実」と言う。そこで、有機合成研究者が集まる強みを生かし、受託合成で収入を確保することにした。自ら開発資金を調達し、熱帯病治療薬の開発に充てる方針だ。
これまでに、経口マラリア治療薬の候補化合物「ベンゾフェノキサチン誘導体」の合成に成功した。既に動物実験は、非GLP試験まで実施し、既存薬に比べて高い活性を示すことが分かっている。こうした成果をもとに、MMVの開発プログラムとして支援申請を行った。現在、開発支援が得られるかどうか回答待ちの状況にあるが、MMVの支援が得られることになれば、同社にとって大きなマイルストーンを達成することになりそうだ。伊藤氏は「この関門を超えなければ前に進めない」と力を込める。
マラリア治療薬には、市場拡大の見通しもある。世界保健機関(WHO)は、数年後にはマラリア治療薬市場が約1000億円規模に拡大すると予想。伊藤氏は「地球温暖化でマラリアを媒介する蚊が沖縄まで来ていることを考えると、先進国でもマラリアが大きな問題になる可能性がある」と、ビジネスの可能性も指摘する。
さらに、マラリアの撲滅は、途上国に大きな経済効果をもたらすと見られ、貧困と熱帯病の負の連鎖を断ち切るために、日本の合成技術が貢献できる部分は少なくない。その一つが同社の目指す熱帯病治療薬の開発と言える。伊藤氏は、「本当はもっと若い人が関心を持ち、飛び込んできてもらいたいが、現状ではリスクが大きくて難しい。そのためにも、命を救うという尊い目的に対し、政府や製薬企業からの資金提供をお願いしたい」と支援を訴えている。
一方、井原教授は、リーシュマニア病を完治させる可能性がある新規候補化合物「ロダシアニン誘導体」を開発。医薬基盤研究所の委託研究として、星薬科大学でロダシアニン誘導体の研究を進めている。スイスの非営利組織「DNDi(顧みられない病気のための新薬開発イニシアチブ)」への相談も進めており、リーシュマニア病治療薬の開発に向けた道筋も探り始めている。
当面の課題は、マラリア治療薬のベンゾフェノキサチン誘導体が、MMVのプロジェクトとして採択されるかどうかになる。もし順調にいけば、来年にもMMVの支援を受け、非臨床試験、さらに臨床試験へと開発を進めたい考えだ。