病院の危機管理にも期待

堀内氏
インターネット回線やADSLなどの専用回線を利用した、「高度利用者」向け緊急地震速報の有効活用が注目を集めている。地震の発生を事前に把握することで、身の安全とスムーズな非難を可能にする同システムの導入は、地方公共機関や一般企業で進みつつあるが、医療機関の危機管理対策の一環として大きな期待が寄せられている。
地震が発生すると、まず、速度が速く、エネルギーが小さいP波(初期微動)が先に伝わり、その後に速度が遅くエネルギーが大きいS波(主要動)が到達する。一般に、人が揺れを感じるのはS波が到達した時だ。
気象庁の緊急地震速報は、震源地に近い地震計で捉えたP波の観測データを解析し、予測震度とS波が到達するまでの時間を利用者に知らせるシステムだ。緊急地震速報には、「一般利用」と「高度利用者利用」があり、インターネット回線や専用回線を利用して速報される「高度利用」は、テレビやラジオを介して速報される「一般利用」に比べ、より早くより詳細な地震情報が伝達される。
高度利用では、[1]ピンポイントエリアでの予測[2]自由な震度設定(震度1~7強まで)[3]地震到達時間を予測したカウントダウンの実行[4]詳細な発報表現[5]専用端末で24時間365日の受信――を可能とする。
これに対して一般利用では、予測エリアが広く、震度も5弱以上の地震に設定されており、テレビなどの電源が入っていない場合は受信できない。
高度利用の緊急地震速報の配信方法には、気象庁から配信事業所を介した間接配信と、利用者への直接配信がある。直接配信の場合、年間100万円以上の提供料と、高額な専用回線設置費用が必要となる。従って、一般病院では、配信事業所からの情報を、病院に設置した地震警報端末で受け取る方法がスタンダードになるものと予想される。
配信事業所から各病院への情報配信は、インターネットのIPネットワークを活用して配信される。IPネットワークとは、インターネットプロトコル(IP)技術を利用して相互接続されたコンピュータネットワークのことで、医療施設に限らず、様々な分野業界で多様な用途を実現している。
一般的に利用するEメールやインターネット、さらにテクノバンが構築した各種システムアプリケーションから、IP電話、無線LAN、Web会議、デジタルサイネージ、電力供給制御など、1つのネットワーク上で、様々なシステムが連動する仕組みが利用されている。
地震速報機もその1つで、端末からの警報音だけではなく、警報情報をデジタルサイネージに表示したり、IP電話に着信させたり、電力制御をさせたりと、様々な応用システムの利用が始まっている。
配信事業所からIPネットワークを経由して配信された緊急地震速報データは、病院のルータで受信される。震度や到着予想時間等の情報を受け取ったルータは、セキュリティを管理するファイアウオール、スイッチを経由し、地震警報端末に情報を渡す。警報端末は、連動する館内スピーカー、エレベーター、自動ドアなどへの制御を行い、またIPネットワーク上に展開するデジタルサイネージ、IP電話、PC、無線端末への警報動作を促す(図)
実際の運用でも成果上げる‐国立病院機構災害医療センター
一方、病院における高度利用型緊急地震速報システムの利活用については、2003年から国立病院機構災害医療センター(東京都立川市)において、実証実験を含めた様々な取り組みが実施された。NPOの「リアルタイム地震情報利用協議会」(REIC)との共同研究として5カ年計画で行われた取り組みが功を奏し、現在では、行動マニュアルを含めた導入形態を示す段階まできている。
災害医療センターの緊急地震速報システムは、気象庁からの緊急地震速報を直接ADSL回線で受信して、院内受信装置の予測計算ソフトで予測震度やS波到達までの時間を計算するというものだ。受信装置は、リレーボックスを介して、エレベーターや放送設備の制御盤、手術室などのドア、視覚報知設備などの院内設備と連動しており、予測計算データのもとに院内設備が稼働するシステムが構築されている。
07年7月16日に発生した新潟県中越沖地震時には、実際にこのシステムが的確に作動した。S波到達の50秒前に「ピュー、ピュー、ピュー」と警報音が鳴り、「地震が来ます。揺れに備えてください。あと10秒で揺れます」のカウントダウン通りに揺れ(震度2~3)が生じたという。
同センター災害対応システム研究室長の堀内義仁氏は、モデル実験や、実際の地震時の作働例を通した知見から、「被害が出るほどの揺れが来るまでの猶予時間は数秒間と短いが、その1秒、2秒が生死を分ける」と強調する。その上で、「マニュアル作りは、人が行う行動と、機械が自動的に行う操作を分けて考える必要がある」と指摘する。
人が行う行動マニュアルは、「命を守り、怪我を防ぐ」ことが基本となる。人が咄嗟にできる行動には限りがあるが、堀内氏は、病院スタッフ自身の安全確保と共に、身近に患者がいれば「安心してください」の掛け声と共に、一緒にしゃがむなどの危険回避行動がとれるとする。
さらに、手術医による「手術の安全な中断・創の保護」「患者の転落防止」、看護師による「手術器具を遠ざける」「手術器具の転倒防止」、麻酔医による「抜管防止(管の接続を外す)」などの対応もでき、「検査中の機器の停止、透析ポンプの停止なども有効な取るべき行動の1つになる」と説明する。
同センターでは、年2回大きな災害訓練を実施しているが、「定期的に緊急地震速報の警報音を館内に流すことで、その音を聞けば、すぐに行動に移す意識づけが可能になる」と、継続的なモチベーションの維持の重要性を訴える。
訓練の回数については、頻回過ぎると「また、訓練かと思って行動が遅れ」、少な過ぎると「警報音・放送を理解できないスタッフが増える」と注意を促す。
機械が自動的に行う操作については、「エレベーターの自動停止・開閉、自動ドアの開扉など、“閉じ込め防止”が基本になる」と話す。
実際に緊急地震速報システムが作動する予測震度(設定値)にも言及し、「低く設定(震度2.5)すると頻回に作動する。逆に高く設定(同3.5)すれば、過去の地震データから実際の作動が10年間もない可能性がある。センターでは今後、震度3に設定するか4にするか検討中である」と語る。
最後に、「免震構造で震度4以上には揺れないごく一部の病院を除けば、全国のほとんどの病院に、このシステム導入の必要性がある」と力説。その上で、「病院への導入による減災効果は確信しているので、その広まりを期待したい」と訴えかけた。
テクノバン
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