1000例の第I相、現場に負担‐CRC不足で滞る可能性も
――患者団体に求めたいこと。
米国の患者団体の人たちを見ていると、医療知識が豊富でよく勉強しており、患者参加型治験に向けてどうしていくべきかのアイデアを出し、議論に参画している印象があります。その一方、日本の患者団体では、患者の声を代弁できる人たちがまだ少ないような気がします。患者団体を育てていくためには、やはり一般者への治験啓発を進めていくことが大切です。患者団体も自分たちから医療に参画する意識も大事になるでしょう。
――CRCの業務量が増えている。
当院は高難度の治験を実施しており、CRCには多岐にわたる検査と緻密なスケジュール管理が求められています。プロトコルでの約束事やGCPの規制を全て守って、決められた期間内で業務を完了させることが以前よりも難しい試験が増えています。そういった治験には、当院で最高レベルのCRCをあてるようにしています。
後期の第II/III相試験については、ある程度スキルのあるCRCであれば対応できるため、SMOからCRCを派遣していただいて実施しています。ただ、治験自体が様変わりし、以前であれば第I相試験といえば40例ぐらいの規模でしたが、最近グローバルで1000例を超える抗癌剤の試験が行われるようになり、早期試験が大規模化しています。
従来は1施設で、決まった数の症例を実施していましたが、治験自体が大規模化し、試験途中でコホートが追加され、いつ完了するか分からない第I相試験が増えてきている実感があります。これまでは1人のCRCが15人の被験者を管理する体制でやってきましたが、30~40人を担当するようになってくるわけです。CRCのリソースの問題が発生し、一つの試験により多くの人手をかけなければならず、他の試験を受託することができなくなっています。これは由々しきことで、本来受注できていたはずの第I相試験を医療機関で受けることができなくなります。
第I相試験は新薬開発の要となる大事なステージです。日本全体で見ると、開発早期の治験を受託できる病院はまだ少なく、それができる中核病院で最先端のCRCを早急に揃えることができなければ、日本の治験が滞る可能性がありますね。
――第I相試験の大規模化で能力の高いCRCのリソースが不足し、治験活性化にブレーキをかける危険性がある。
最近の抗癌剤開発は、第I相試験の結果が良ければ、第II/III相を経由しないで開発薬剤が早期承認されるという流れになっています。一つの大規模試験で承認に必要なデータを揃えることができ、開発相という概念が崩れてきている状況にあります。
第I相試験の拡充で試験が巨大化し、CRCがその試験からなかなか解放されない。通常であれば、被験者の登録が終わると、それ以降はその患者さんの状態を確認する追跡の作業がメインになり、CRCが被験者とのコミュニケーションにかける時間は減るため、新しい試験の立ち上げなどにリソースを割くことができます。
しかし、新規患者が当初の予定以上に次々と登録されるエンドレスな第I相試験が増えている現状では、CRCが次の試験を担当することができません。限られた人数のCRCしかいなければ、治験を動かすことができなくなっているのです。
――治験を支えるCRCの数は。
SMOのCRCを含め業界全体で約3000人と言われていますが、10年前から比べても人員数が増えていません。離職率の問題が大きく、20~25%に上るという統計結果もあります。これは、4~5年経過するとCRCとして働いている人がきれいに入れ替わることになるという計算になります。
業界を挙げてCRCの教育プログラムを推進していますが、まずは離職率を下げないと問題は解決しません。CRCは女性が多く、仕事を続けていくためには家庭とのバランスが大事となりますが、昔に比べて業務量が増加する現在の状況を考えると、保育園に入れた子どものお迎えの時間に間に合わないことも出てきており、働ける環境に問題が出ています。産休に入る女性のCRCも多く、効率化を進めても欠員状態の中で仕事を続けなければならないため、業務に対する負担は増えてしまう悪循環があり、業界で早急に解決しなければなりません。
キャリアパスの問題も大きいですね。CRCを続けていくための段階的なキャリアパスが構築されていません。看護師さんでは長く働けばそのキャリアを認めてもらえるのですが、CRCではキャリアパスに対する考え方が定着しておらず、ある程度続けていくと別の道を考えてしまうわけです。
一般的に日本の病院では、CRCに対する認知度が低く、病院長クラスがCRCという職種に対してインセンティブを与え、率先してキャリアパスをつくるべきです。治験を支えるCRCは病院のガバナンスにかかわるところなので、病院内の取り組みなしには彼女たちの未来は作りづらいという気がします。
治験も地域づくりから‐患者目線での施設選定を
――治験の将来像については。
治験は高度な医療体制が必要になるので、専門性が高い実施医療機関に集約化されてくると思います。治験を活性化していくためには、地域での主要病院と近隣病院がネットワーク化し、コミュニティとしての結束を強め、地域軸の取り組みが必要となります。コミュニティを強くすることが、癌治療の発展だけではなく、次世代医療圏モデルになり得るし、地域での治験を活性化できるでしょう。
やはり、患者が病気になったときに遠方まで病院に通わないといけないというコミュニティでは不便ですから、医療圏を考慮したまちづくりのイメージが必要になります。まちづくり、地域づくりの中で近隣病院から主要病院への患者の紹介、主要病院から近隣病院への逆紹介ができる環境をつくりあげ、専門病院で診察した後に、近隣病院で患者を診る体制が理想的な姿です。
それを実現するには、地方自治体の自立が必須であり、国の支援を受けてコミュニティをつくるというよりは、自治体主体で医療圏をつくっていくという気概がなければなりません。
地域の中で医療インフラを整備していく中では、患者目線から施設を順位づけしていくプロファイリングも大事ですね。知名度だけで選ばれるのではなく、総合的な医療体制から選ばれ、開業医でも日本の基幹病院でも、本当に実力がある病院が医療の中心に来る抜本的な改革が必要で、既成概念を打ち破る風雲児が現れたときには、中心に据えて遂行させていくべきでしょう。