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【被験者リクルートメントの現状と課題】抗癌剤開発では被験者不足‐一般者への啓発が大切

2017年03月29日 (水)

国立がん研究センター東病院
消化管内科長(研究実施管理室長)
吉野孝之氏

CRCのリソースにも問題

吉野孝之氏

 国内で実施される治験では、癌領域のプロジェクトが多く、中でも新規メカニズム抗癌剤の免疫チェックポイント阻害剤開発が盛んとなっているが、各社が開発を競い合う中で被験者不足という新たな問題が生まれている。製薬企業や治験実施医療機関が患者を探し出すことが難しくなっていることに加え、治験を治療ととらえて、病気を治したいと考える患者の自発的参加にも壁がある。被験者不足だけではなく、第I相試験の大規模化を背景に、それに対応できる医療機関や治験コーディネーター(CRC)の実施する側のリソース不足も顕在化しており、課題は山積みだ。国立がん研究センター東病院消化管内科長(研究実施管理室長)の吉野孝之氏に、抗癌剤治験の現状と今後の方向性を聞いた。

癌患者にとって治験は「希望」‐早期探索臨床試験が大規模化

 ――治験の被験者リクルートの現状は。

 治験に参加する被験者の集め方は、医療機関が被験者を探すパターンと、患者さんが自ら参加するパターンの二つがあります。後者の場合では、患者が自ら治験への参加を望み、情報を探しても医学的知識が少ないため、正しい治験情報にたどりつかずに満足いく治療を受けられていないという問題です。

 例えば、インターネット上で医療情報を探す中で有効性が不確かな民間療法を推奨する情報サイトに誘導されて、エビデンスが実証されていない治療を受けてしまうケースがその一例です。国の機関である当院では、公平な立場で患者さん向けに治験情報を提供するサイトを持っており、そこを閲覧していただくのがベストだと思います。癌領域に関連した治験であれば、日本全国の関連病院を紹介しているので、患者さんが住む地域から通いやすい近くの病院で治験に参加していただくことが可能です。

 治験への参加は、研究対象という性格から人体実験とも表現されているようですが、患者さんによっては治験薬が治療効果を発揮し、希望を感じさせるものだと認識しています。全ての患者が治験に参加できるわけではなく、全身状態の良い患者が参加条件になるという制限もありますが、患者自身が全身状態の善し悪しを判断できるわけではなく、担当医や国立がん研究センターに問い合わせていただくのがいいかと思います。

 ――被験者不足に対する認識は。

 癌に対する免疫機構へのブレーキを解除する免疫チェックポイント阻害剤の開発が活発化し、国内で行われる癌領域での治験の数が急増しています。免疫チェックポイント阻害剤にもいろいろなタイプがあり、新規免疫チェックポイント阻害剤の単剤療法、それらと有効性・安全性がある程度確認されている上市済みの免疫チェックポイント阻害剤との併用療法、化学療法や分子標的薬との併用療法と多岐にわたって開発が進められており、実施している試験に対して、全体的に被験者の数が足りていないという問題があると思います。

 ――病院側で被験者を探す手法の限界を感じていますか。

 われわれも必死になって、治験に参加する被験者を探していますが、抗癌剤治験では予定した登録患者数、スケジュールに対して、なかなか集まりは悪いですね。治験を円滑に進めるために、各試験の治験責任医師が近隣の医療機関の医師に治験への協力をお願いする手紙を書いたり、地域で実施する講演会で守秘義務を超えない範囲で治験被験者のリクルート活動は行われていますが、講演会に参加する先生が少なく、なかなか広がっていきません。日常診療が忙しいという事情は分かりますが、医師が治験に関する情報を積極的に収集し、患者さんの希望を失わないような取り組みを期待しています。

 ――実施施設数はどうですか。

 開発薬剤には、非臨床試験を終えたばかりでヒトに投与したことがない薬剤、ヒト投与で安全性についてはある程度確認されている薬剤まで、エビデンスに差があります。ヒトへの投与症例が少ない早期段階の治験であれば、当院のような中核医療機関のみで、参加施設数が限られているのが現状です。どんな副作用が発現しても対応できる病院に限られていて、例えば心臓であれば循環器専門医、皮膚であれば皮膚科専門医、目であれば眼科医とあらゆる副作用に対応できる環境がなければ、新薬の早期探索臨床試験を実施することが困難です。安全性データをより広く確認しなければならない早期の試験ほど、先端的な実施体制が求められます。

製薬企業に足りない“現場知”‐CRCがプロコトルに関与

 ――製薬企業に対して求めたいことは。

 国立がん研究センターで実施する治験計画(プロトコル)については、当院と製薬企業が協力して作り込みを行っています。製薬企業だけでつくったプロトコルで、医療機関に対して治験を依頼するというやり方もときどき見られますが、はっきり言わせてもらうと治験依頼者としての能力が低く、企業と医療機関、患者が連携して医薬品開発を進める国際的な潮流からも遅れていると考えます。実際、企業目線だけで計画し、実施する治験については、結果を見てもうまくいかないことが多いですね。

 製薬企業は医薬品を開発するプロの集団であって、治験を実施する現場の状況を知っているわけではありません。つまり治験を実施する上での“現場知”が薄いと思っています。プロトコルというのは生き物であり、治験を実施する側の現場感を含めたカルチャーを加味しないとつくることができない。製薬企業がプロトコルのドラフトをつくる中で、当院のCRCが参加し、病院での患者の動きを想定しながら、プロトコルが完成する前に確認するようにしています。

 例えば、治験で実施する検査のスケジュールも現場の立場として妥当かどうかを意見し、場合によっては再考していただくこともある。初期の段階から中心となる研究者と中心となるCRCが組み、プロトコルをつくっていくことが重要だと思います。国内で行われる開発相が若い癌の試験は当院を経由しており、後期開発段階の治験でも当院が中心となってやっているので、ほとんどチェックが入っているのが現状です。

 ――国際共同治験が普及する中での日本の試験の実施体制ではいかがですか。

 海外でつくった治験のプロトコルが日本の環境に合っていないのではないかという指摘はありますが、抗癌剤治験ではこうした問題はもう過去の話だと思っています。当院は世界でも中心的役割を果たしているとの認識があります。

 癌領域の治験では、日本の文化が反映されないプロトコルはほぼなくなっています。確かに国際共同治験では、いろんな国が参加し、治験を進める上でその国だけが持つ固有のカルチャーとどうすり合わせしていくかが大変です。多様性を認めながら、許容できる範囲、落としどころをプロトコルの中で探っていくようにしています。

 日米欧から1人ずつ医療機関の治験責任医師と、治験依頼者の製薬企業が議論し、プロトコルで明記されている各国が許容できる表現について、日本で治験を行う上で支障がないかもチェックしています。

患者の声を代弁する治験へ‐開発早期から一緒に

 ――被験者リクルートをより円滑にするために変えるべき点があるとすれば何か。

 テレビや新聞などのメディアが正しい情報を伝えてほしい。癌患者さんも積極的に情報収集しようとしている中で、メデ
ィアが科学的に正しい記事を書き、患者さんや病気に罹患していない一般の人たちが大切なことに気付けるようにしていただきたい。その意味ではメディアの役割は大きいと感じます。患者さんへの情報提供に加え、一般の人たちにも伝えていく姿勢がないと駄目です。

 例えば、抗PD-1抗体「オプジーボ」のように、薬剤の価格が高額であることだけを伝えられれば、誰だって「高すぎる」と否定するはず。薬の効き目や既存療法との比較など突出した一部の領域だけで議論するのではなく、患者さんにとっての利益が何なのかをポイントに全体像を考えた話し合いが大事ですね。

 実際、テレビでの特別番組で一度取り上げてもらった翌日には、「すぐに受診したい」という問い合わせが100件くらい来ました。病気に苦しみ困った患者さんが多くいる中、その方たちが情報を収集する手段が限られているのが問題でしょう。メディアがより正確で必要とされる医療情報をもっと提供できれば、患者さんの認知度は上がっていくはずです。

 メディアに対して述べたいのは、革新的新薬をいち早く社会に届けるという目的をかなえる場合には、治験で集積できる安全性情報が必ずしもリッチにはならないということです。市販後に薬剤の安全性に関する問題が起きたときにも、そうした未知の副作用に対応するためのバックアップ体制をしっかり取っていても、起こった事実だけを伝えて、その薬剤を服用している患者を混乱させるような情報の伝え方はよくないと思います。恩恵を受けている患者がいるにもかかわらず、伝え方を誤ってネガティブな情報だけが社会に浸透してしまうと、その薬剤を供給できなくなったり、未来の医薬品を生み出すための治験に参加していただける患者さんもいなくなってしまいます。

 ――被験者募集会社の活用は。

 総論としては、積極的に活用すべきと思います。どの被験者募集会社を使えばいいか、具体的なアプローチなどの各論を検討していく必要はありますが、それは各医療機関の倫理審査委員会できちんと妥当性を判断していけばいいと思います。むしろ、患者さんに早く医薬品を届けていくという目的を達成していくためには、活用すべきです。

 ――日本と海外の違いは。

 日本と海外との比較を考えたときの日本の問題点は、患者に対する啓発がないことです。患者団体、患者支援団体が医薬品開発の不確実性というリスクを把握し、その上で治験薬の有効性・安全性が限られた症例数でもリスクベネフィットで評価したときに実証できれば、通常のプロセスを短縮して早期承認を支持してもらえる、そんな合意形成が構築できていません。患者の立場を代弁する人が医薬品の早期開発段階からかかわり、どう治験を進めていくかの議論に参画する必要があります。

 その枠組みができていれば、つくりあげた治験計画に対して患者、国、企業が納得しているわけで、その薬剤が承認されて万が一悪いことが起きた場合でも、患者だけが被害を受けるという論調にはならないと思います。患者への治験啓発をしないまま、医薬品開発を進める構造が問題であり、それが患者不在の議論、製薬企業や治験、ひいては医療全体への不信を招くのだと思います。

 医薬品開発における産官学の連携は進み、企業と国がよい関係を築こうとしている今だからこそ、そこに患者の立場を代弁する人がメンバーに加わって、治験を推進していくべきです。


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