製薬企業が行う医薬品の研究開発に獣医師が果たすべき役割は大きい。特に非臨床試験においては3Rsに代表されるように、動物福祉への対応が必須であり、実験動物を管理する管理獣医師の重要性はますます高まると見られる。獣医師は製薬企業でどんな仕事をしているのか。GLPに準拠した安全性試験を多く請け負う非臨床試験受託機関(CRO)では獣医が足りないとの悲鳴が相次ぐ中、製薬企業に在籍している獣医師の実態とその必要性を探るため、本紙では国内製薬企業数社に獣医師に関するアンケート調査を行い、今後の役割を探った。
1社あたり数十人規模‐中外製薬は60人の大所帯
加計学園の獣医学部新設問題などで突如クローズアップされた獣医師。新卒者数は年間950人程度と言われており、その進路は官公庁や動物病院の獣医師が多いが、製薬企業での研究開発職を選ぶケースも昔から多くあった。製薬企業内で見ると、医師や薬剤師の資格を持つ社員が割合としては大きいが、獣医師もわずかな比率だが在籍している。製薬業界のトップ経験者では、4月に第一三共の社長に就任した眞鍋淳氏、前アステラス製薬社長の竹中登一氏も獣医師免許を持つ。
アンケート調査結果から、製薬企業に在籍している各社の獣医師数は数十人程度と見られる。大手の一角であるエーザイは、25人を抱える。構成比は男性が85%、女性が15%で、年齢分布は50歳代が70%、50歳未満30%と高い年齢層にやや偏っているようだ。2010年以降、新卒・中途採用実績はなく、減少傾向にあるという。
大塚製薬は31人(男性29人、女性2人)。07年中途1人、08年新卒1人、09年新卒3人、11年新卒1人、12年新卒2人、15年新卒1人を採用した。
最大手の武田薬品は約20人の陣容で、男女比でいえば2:1の構成となっている。協和発酵キリンは18人(男性17人、女性1人)。小野薬品は任意での登録ではあるが約12人、社名は非開示だが、国内製薬準大手が数十人、国内製薬中堅が12人との回答だった。最も多かったのが中外製薬の60人だった。
全般的に新卒採用が中心。日本新薬は人数は非開示だが、ここ10年間横ばいで推移し、新卒中心に2~3年で1人採用しているという。
重要性高まる動物ケア‐毒性、病理研究にも役割
獣医師の配属先は、毒性研究や薬理研究、病理研究など研究部門が主体である一方、臨床開発部門にも在籍しているようだ。エーザイでは研究部門に7割、本社管理系・その他に3割の構成となっている。本社管理系では安全管理系の業務が多いという。小野薬品は「新卒時は研究本部、その後は適性に応じて異動する」とした。
非臨床試験で獣医師はどういった仕事を行っているのか。一般的には試験責任者や病理学者、実験動物の管理獣医師などの仕事が挙げられる。今回のアンケートで最も回答が多かったのが、「管理獣医師としての適切な実験動物管理の実施」という役割だ。
エーザイは獣医師が果たすべき役割について、「獣医師は、薬理学、病理学、公衆衛生学、伝染病学、診断学など医学教育が施す医療に関係する包括的な専門性を身につけていることから、特に創薬研究や法的に必要な実験動物の管理業務において役割が期待されている」とコメントしている。
具体的な仕事については、感染症予防や動物愛護の観点からの実験動物の管理業務を挙げた。その理由については、「感染症法に基づく輸入サルの飼育施設の指定基準等では、動物管理施設に対して獣医師の配置が必要になる」ということと、「動物実験施設に関する第三者認証の取得には獣医師の配置が好ましい」との理由を挙げた。
さらに創薬研究でも、薬効評価や毒性評価、病理学的評価など多彩な研究分野に獣医学的知識を持つ獣医師が関与しているようだ。
優秀な人材確保へ腐心も‐獣医の重要性は変わらず
また、各社に製薬企業内における獣医師の充足度と過去と比べた獣医師採用の難易度を聞いたところ、ほとんどが「充足している」「難しくなっている認識なし、以前と採用難易度は変わっていない」が占めた。武田では獣医師有資格者のみを対象とした採用は「実施していない」と答えた。
その中で注目すべき回答を寄せたのが、獣医師を最も多く抱える中外製薬。獣医師の充足度では、「病理研究のリーダー候補や管理獣医師候補の育成という観点からは、若干不足傾向」、獣医師採用についても「企業志望・非臨床研究を希望する学生の数が少ないことと売り手市場の影響から、相対的に優秀な獣医師資格保有者の確保は難しくなっている」と他社とは異なり、課題として捉えているようだ。
大塚も、社内獣医師の数について「候補化合物の安全性評価の領域で充足していない」と答えた。さらに採用難易度でも「獣医師の就職選択肢が多いため、難しくなっている」と厳しい状況を認める。この結果から、獣医師数が多い企業ほど、人材確保が苦しい状況がうかがえる。
最後に今後の事業活動において、非臨床試験における獣医師の必要性や人員計画を聞いた。「動物を用いた実験のウエイトは必ずしも高まるとは言えないが、適切な評価において重要性は変わらない」(日本新薬)、「創薬研究において獣医師の『動物を見る目』すなわち微細な生体反応を見逃さない観察力は引き続き重要。大幅な増員というよりは、一定の要員数を維持していくことは重要だと考えている」(中外製薬)と必要性を強調する声が目立った。
大塚は、「獣医師は必要。継続的に2年に1人程度の採用を検討したい」とした。
エーザイも「実験動物の管理業務において、獣医師は必須であり、非臨床研究においても、獣医師が活躍できる研究領域も多いため、今後とも獣医師の継続的な採用は必要。ただ、不足している認識はないため、今後の具体的な人員計画について定まっているものはない」と回答した。
非臨床試験担うCRO‐「足りない」との悲鳴
製薬企業から動物実験の外部委託が加速して実務を担うようになったCROにとってはリソース確保が大きな問題。製薬企業とは様相が異なり、「獣医師が足りない」との声が多く聞かれている。事実、動物実験での動物飼育・管理では時代の要請で国際基準に対応した獣医学的ケアが求められ、その底上げには獣医師の知識やスキルが必要になってくる。また、毒性評価に加え、病理学的評価も必要な場面が増えており、それができる獣医師がいなくなっているのだ。
新卒採用で獣医師を確保するのは製薬企業以上にCROでは難しく、条件面や労働環境の厳しさから、学生にとって非臨床CROの優先順位は低いのが現状。医薬品開発における獣医師の必要性は誰もが認めているところで、製薬企業では充足している会社はあっても、受託しているCROでは未充足が続いており、今後その傾向がより強まりそうな気配だ。業界全体で非臨床試験に携わる人材を育成していく中で、獣医師はその先頭に立つべき存在。まさに死活問題といえるだろう。