◆薬事日報は今年で創刊75周年を迎え、3四半世紀の歴史を積み重ねてきた。今から25年前の創刊50周年となる1993年はバブル崩壊の時期であり、日本経済の分岐点となった。製薬業界のトップが何を語っていたか、当時の紙面を見返してみた
◆武田薬品の森田桂社長は、「バブル崩壊に左右されない強固な企業体質を築くために、“構造改革計画”と名づけたプロジェクトを実施した」と述べている
◆第一製薬の鈴木正社長は、「日本の製薬企業が欧米主要国でその存在を確立するためには、おそらく20年、30年単位の時間が必要になろう。従って21世紀初頭は未だ日本の製薬企業にとって、その国際化が緒につく段階にあろうと思う」と展望していた
◆懐かしい面々ばかりかと思えば、今も活躍している方の姿も見つけた。当時の中外製薬の永山治社長とエーザイの内藤晴夫社長だ。「医薬品を中心としたトータルヘルスケア、健康産業が重要になる」と口を揃えた。25年前から製薬企業がヘルスケアを意識している。先見の明だ。