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センダイウイルスベクターを用いて、人工多能性幹細胞(iPS細胞)様の細胞を樹立することに、中西真人氏(産業技術総合研究所バイオセラピューティック研究ラボ)らのグループが成功した。センダイウイルスは宿主遺伝子に組み込まれないことから、課題となっていた癌化しにくい安全なiPS細胞の作製に結びつくと期待されている。
京都大学の山中伸弥教授が開発したヒトiPS細胞は、皮膚から単離した線維芽細胞などに、レトロウイルスベクターでOCT3/4、 Sox2、 c-Myc、 Klf4の4遺伝子を導入して作製している。その安全性などを確かめるために、マウスの実験が行われた結果では、癌が高率に形成されるという課題があった。
原因としては、iPS細胞樹立に際して発癌関連遺伝子のc-Mycが使われている点と、ベクターとして用いたレトロウイルス遺伝子が、染色体のランダムな位置に組み込まれ、変異が起こって内在性発癌遺伝子の活性化を引き起こすといったことが考えられている。そのため、山中氏はc-Mycを使用しないiPS細胞の樹立にも成功している。ただ、この方法ではiPS細胞の誘導効率が低いなどの問題もあり、ヒトiPS細胞をめぐっては誘導技術の最適化や標準化が課題となっていた。
中西氏らは、それらの課題解決に向けて、持続発現型センダイウイルスベクターを用いたiPS細胞の作製について研究を進めてきた。
センダイウイルスは、細胞質にとどまって、RNAを転写、複製して蛋白質を合成することから、宿主染色体に影響を与えず、挿入変異や染色体構造変化の危険性もないなどの特徴がある。また、分裂・非分裂細胞を問わず、哺乳類の多くの細胞、組織に遺伝子を導入できるという機能性にも富んでいる。
そこで、iPS細胞樹立に用いる三つの遺伝子をセンダイウイルスベクターに導入し、動物細胞に感染させたところ、宿主遺伝子への組み込みはなく、細胞質で持続的に遺伝子が発現することが確認されている。しかも、脱分化のメカニズムで必要とされる組み込まれた遺伝子の同時増幅も認められた。
また、臨床応用に向けては、iPS細胞樹立の際に用いたウイルスベクターの完全除去も必要だが、中西氏らは、siRNAを用いてセンダイウイルスベクター由来のRNAを容易に除去する方法も開発した。siRNAでベクターを除去した細胞について調べたところでは、多能性維持に重要な転写因子のNanogなど、複数のiPS細胞マーカーの発現も確認されたという。
中西氏は、「この技術が確立されれば、誰がやっても同じiPS細胞を作ることができる。胃粘膜やマクロファージなどいろいろな細胞に適用できる」と今後を展望した。
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