東京大学大学院薬学系研究科助教 森 貴裕
微生物や植物を起源とする天然物の多くは、複雑な構造や構造多様性、高い生物活性を備えたものが多く、今日の医薬品開発や生化学研究において多大な貢献をもたらしてきた。
これら天然薬物は、生体内においてそれぞれの生合成遺伝子にコードされる二次代謝酵素により生合成される。
二次代謝酵素の中には、活性部位を構成する数残基のアミノ酸の違いにより大きく機能が変化するものがあるため、一次配列から酵素機能や酵素反応メカニズムを検討することは難しく、X線結晶構造解析などによる立体構造を解明する必要がある。
さらに、酵素の構造情報を基盤とし、触媒反応に重要なアミノ酸残基に変異を導入することで、反応性や基質特異性を変化させた機能改変酵素を作製し、それらを利用した非天然型新規化合物を創出できるようになる。
われわれはこれまでに、生合成酵素の機能解析、構造解析、機能改変を通して、植物、微生物由来ポリフェノール類の基本骨格構築に関わる酵素群や、ポリフェノール配糖体の吸収、生物活性の発現に重要な脱配糖化酵素群の立体構造解析、改変、強力なプロテインキナーゼC活性化作用を示すテレオシジン類の生合成に関わる酵素の構造を基盤とした新規テレオシジン類縁体の創出、さらには、糸状菌由来メロテルペノイド化合物の多様化を担う非ヘム鉄α-ケトグルタル酸要求性酸化酵素の構造機能解析による酵素反応の立体構造基盤の解明と機能改変酵素による新規化合物の創出に成功した。
遺伝子操作技術の発展により、ゲノム解析が容易になった現在、様々な生物が生産する有用化合物の生合成研究が比較的容易に行えるようになってきている。
今後の創薬ヘの展開を考えた場合、「いかに効率良く、多様性に富んだ医薬品シード化合物を取得するか」が重要となる。その解の一つとして「有用物質生産に関わる酵素を新規化合物の創出に利用する」ことで、酵素工学や天然物化学研究を創薬、薬科学研究へと展開していきたい。