北里大学大村智記念研究所教授 砂塚 敏明
北里大学大村智記念研究所は、微生物由来の有用な生物活性天然有機化合物の発見を目指して微生物の新しい分離・培養法の開発や独創的で多様な生物活性探索法を考案し、前例を見ない500種を超える新規天然物(大村天然物)を発見している。その中で26化合物が医薬、動物薬、農薬および研究用の試薬として市販され広く使われている。
筆者らは、これまで一貫して微生物が生産する生物活性天然物(大村天然物)をリード化合物として、有機合成を駆使して新たな医薬品の創製を行ってきた。その業績の一部を以下に紹介する。
特異構造を有する天然物の全合成
特異な分子骨格を有し有用な生物活性を示す新規天然物(大村天然物)を標的化合物として、効率的かつ合理的でしかも柔軟性に富んだ新規分子骨格構築法の開発を行い、これまでにメローテルペノイド類、インドール化合物群やマクロライド化合物群を含む56種の生物活性天然物の全合成を達成した(図1)
確立した合成法を応用して関連化合物の合成を行い、構造活性相関の解明、さらにはより優れた生物活性化合物の創製を行った。その中で、環境に優しい農薬用殺虫剤として実用化されたアフィドピロペンの創製に成功した。
また新規環状ペプチドであるACAT阻害薬「ボーベリオライド」、リアノジン阻害薬「バーティシライド」、キチナーゼ阻害薬「アージフィン」に関して、様々な誘導体を合成可能な固相合成法やTag合成法を確立し、これらを用いた実践的な全合成法により、それぞれ天然物よりも優れた活性を有する化合物を創製することにも成功した。
マクロライド新作用の創薬展開
マクロライド系抗生物質エリスロマイシン(EM)の副作用である消化管運動促進作用(GMSA)に着目した研究では、逆転の発想でEMの抗菌活性を消失させ、逆にGMSAの増強を目的として誘導体の合成に取り組んだ。その結果、菌に対する活性を完全に消失させ、EMよりも274倍強いGMSA作用を有するEM574を合成した。EM574はモチリンのレセプターと特異的に結合することを明らかにし、非ペプチド性低分子アゴニスト開発の成功例となった。
さらにマクロライド系抗生物質の第3の作用である抗炎症・免疫調節作用に注目し、誘導体合成から抗炎症作用を有するEM900を創製し、現在前臨床試験を進めている。マクロライドの新作用に転換し新たな医薬品を目指すという医薬品開発のパラダイムシフトを提案した(図2)
高活性化合物創製法の確立
創薬の新手法として、キチナーゼ阻害薬アージフィンを用いた分子構造の単純化とIn situクリックケミストリーを展開し、単純化した化合物を設計して、天然物より強力な活性を有する化合物の創製に成功した。
また、アセチレン誘導体を用いてキチナーゼによるトリアゾール化を行い、非常に高活性な新規キチナーゼ阻害薬を創製した。加えて、酵素内でアジト体とアセチレン体がトリアゾールを形成する前駆体を世界で初めて可視化することに成功し、酵素によるトリアゾール形成鋳型効果を証明した(図3)