政府の「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太の方針)では、創薬力の強化に向けた強いメッセージが並んだ。日本起源新薬の世界シェアが低下する中、革新的な医薬品や再生医療等製品の開発強化、研究開発型のビジネスモデルへの転換促進を急がなくてはならない。
そんな中、足下では懸念が生じている。実験用サルが1匹1000万円に高騰していることが判明した。カンボジア産であれば2012年には200万円以下で入手できたが、現在の価格は当時に比べると約5倍に上昇しているという。標準的な4週試験で約30匹使用した場合、単純に計算すると1試験で約3億円の費用が必要となる。非臨床試験のコストが臨床試験に接近してきた。
新有効成分含有医薬品の非臨床試験の半数以上、抗体医薬品の国内承認品目では8割以上にサルが使用されるなど、バイオ医薬品の開発では欠かせない動物種となっている。そのため、世界的にサルの供給不足が起こっている。貴重な動物資源であるサルの確保が今後ますます難しくなる可能性もあり、開発予見性が低下しているのが現状だ。
創薬力の強化に向けては、臨床試験を開始する前の非臨床試験のあり方を真剣に検討する時期に来ているのではないだろうか。骨太の方針には臨床開発・薬事規制調和に向けたアジア拠点の強化、国際共同治験に参加するための日本人データの要否の整理などが書き込まれた。
治験促進策はもちろん必要だが、構造的な脆さを抱える非臨床試験をしっかりと支える基盤がなければ、臨床試験を実施することはできない。特に、企業体力が乏しいベンチャー起源の新薬を今よりも増やすのであれば、実験用サルの供給不足や非臨床試験のコスト増大という課題を克服しなければ開発品目は先細りする。
多様なモダリティの医薬品が開発される中、非臨床から臨床への橋渡しをいかに円滑に進めていくか、サルの確保策も含め国が早急に方向性を示すべきだ。
昨年から動物試験代替法強化やサル以外の大動物の可能性を検討する研究班が立ち上がっている。ヒトの細胞や組織を用いた動物試験代替法やシミュレーションが進めば、非臨床試験は減少していくことが予想されている。動物試験を実施しない医薬品開発の実現にはまだ時間を要する見通しだが、日本が研究をリードしてほしい。
そもそも、非臨床試験の意義や現場でどのように実施されているか国民に知られていないのが現状だ。新型コロナウイルス感染症のワクチン・医薬品開発を背景に治験に対する社会的理解は深まった。
一方で、非臨床試験では現時点で必要最小限の動物を用いる必要があるにも関わらず社会への発信がない。動物試験の情報公開など透明性を高める取り組みが理解促進に必要不可欠だ。