エーザイと米バイオジェンが共同開発した早期アルツハイマー病(AD)薬レカネマブ(製品名「レケンビ点滴静注」)が日本で承認される見通しとなった。年内にも薬価収載が見込まれる。ADの原因の一つとされるアミロイドβの凝集体(プロトフィブリル)に直接作用し、除去する疾患修飾薬は新たな治療法の扉を開ける。早期段階に約3年とどめる効果があると推定される。根治には至らないが、医学・医療の歴史に新たな1ページが加わる。
レカネマブの価値を生かすには、AD患者・家族を取り巻く社会環境と、このようなイノベーションを促す仕組みも変え、患者・家族に希望の光を灯し続ける取り組みが非常に大事だ。それこそイノベーションの真の果実であり、その果実を実らせたい。
社会環境に触れたのは、ADと診断された患者・家族は前途を強く悲観することが多いからだ。レカネマブを生かすには、患者が自らの意思・意向に沿った生き方ができ、家族の負担も見通しの立つ社会環境が必要である。
社会環境づくりでは、6月に成立した「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」に期待したい。患者・家族にも知ってほしいと「わかりやすい版」を作った福祉ジャーナリストの町永俊雄氏は、第一条の「認知症の人を含めた国民一人一人が」という主語に着目する。「含めた」との書き方に、認知症と私たちとを分けるのではなく「認知症の人が他の人々と互いに力を合わせ支え合いながら、ともに暮らす」(わかりやすい版)という社会像を見出す。
同法には希望を感じる条文が並ぶ。障害者基本法と同様に、目的・理念を実現する関係法律の制定と、患者・家族らのケア体制など実効施策を切に願う。
患者・家族に希望の光を灯すのはイノベーションである。レカネマブは初の疾患修飾作用を実現し、治験では圧倒的なエビデンスを示し、医師が見る臨床効果と介護者が体感する生活上の負担軽減の双方の効果が認められた。
このイノベーションに報いる薬価算定はあるべきだ。エーザイは、イノベーション評価の根拠とするために、治験データを用いて日本の環境下での医療費や介護費の削減、家族の介護負担の軽減を折り込んだ社会的価値額を推計し、論文にまとめた。現行ルールでは評価できないが、推計に携わった横浜市立大学医学部の五十嵐中准教授は「承認前に出したことは(新たな価値評価の)一歩」と指摘する。
厚生労働省の有識者検討会は、革新的新薬の薬価算定について「既存の枠組にとらわれず新たな評価方法を検討すべき」と提言している。エーザイの問題提起に厚労省は応えたい。今後のイノベーションを促す契機になるはずだ。
最後に、レカネマブの研究開発に関わった研究者、医療従事者、企業、患者・家族の献身に敬意を表する。