第56回日本薬剤師会学術大会
地域住民と顔なじみの関係に

比留間榮子さんは11月に100歳を迎える世界最高齢の薬剤師だ。現在も週に1日、木曜日にはヒルマ薬局小豆沢店(東京都板橋区)で孫の康二郎さんと共に働く。戦争を経験し、「酸いも甘いも経験してきました」と話す“榮子先生”のもとには、薬とはあまり関連がない人生相談まで持ちかける地域の人たちもいるのだとか。薬剤師のレジェンドである比留間さんに薬局や薬剤師があるべき姿や、地域住民に信頼されるための秘訣などを聞いた。
比留間さんは1923年11月6日に東京で生まれた。戦時中の44年に東京女子薬学専門学校(現明治薬科大学)を卒業し、薬剤師歴は80年近くになる。95歳となった2018年にはギネス世界記録「最高齢の現役薬剤師(The Oldest practising pharmacist)」に認定された。
比留間さんの父が東京池袋でヒルマ薬局を創業。比留間さんは「100歳になるまで薬剤師を続けるなんて夢にも思っていなかった」と語った上で、これまでの人生で最もつらかったという戦争体験について語ってくれた。
「私が若かった頃は“ぜいたくは敵だ”の時代で、食べるものも苦労しました。戦争中には薬局を開くこともできなかった」。太平洋戦争が激化し、爆撃機のB29が毎日のように東京に押し寄せ、東京大空襲の直前に父の実家がある長野県上田市に疎開した。
そして、45年8月に終戦を迎えた。「上田にいても仕方ない、東京に戻ろう」との父の言葉を受け、47年に上田から東京に戻ったが、既に薬局と自宅は焼失しており、一面が焼け野原に変わり果てていた。
比留間さんは今でもその光景が忘れられない。「嘘のような本当の話なのだけど、東京が焼け野原となったので、北池袋からずっと先にある東京湾が見ることができたの」。「戦争は怖い。あんな経験は二度としたくない」と話した。
戦後、池袋に現在のヒルマ薬局を作り、小豆沢に2号店を開局。小豆沢店では康二郎さんが四代目の薬剤師として活躍している。
薬局が地域医療支えていた‐患者の症状聞き薬で対処

ヒルマ薬局小豆沢店
小豆沢店では営業開始となる朝9時から患者が薬局に集まってくる。比留間さんが考える理想の薬局像は、地域の人たちと顔なじみになれる薬局だ。
患者のための薬局ビジョンでは、「門前から地域」へが提唱されている。地域で暮らす人たちと薬局薬剤師が顔なじみの関係を構築するために何をすべきなのか。そんな質問をぶつけてみると、「今は近所の医師に行くのだろうけど、昔は医師や病院が少なくて、かぜを引いたときには薬局に行くのが当たり前だったのよ」と教えてくれた。
患者が訴える症状を聞き、それに対処可能な薬を出すのが薬剤師の仕事だという。「咳が出るのか、熱が出ているのか、寒気がするのか症状を尋ねて、咳止めの薬や解熱剤の頓服として、例えば3日分を薬局でこしらえて、良くなってきたら様子を見て、身体がだるくなってくれば何か薬を付け加えて調剤をすることをしていました。薬包紙で包んで渡していたの」
薬局で診た患者を病院につなぐ場合については、「薬を出した後になかなか熱を下がらないとなれば、抗生剤での対応となるから病院を勧める。たいていの場合は薬局で済ませることになるので、かぜ薬や整腸剤を渡していました。地域の人たちと接する中で薬のことを勉強しないといけないと学ばせてもらいました」
薬局・薬剤師が地域住民の健康に責任を持ち、地域医療を支えていた。
「あの時代は薬局が頼りにされていました。来局してくれた患者さんが薬局の前を通ると、『おかげさまで良くなった』という言葉をかけてくれて、それで地域の人たちと顔見知りになることができた」と言う。
足を骨折して入院したためしばらく薬剤師の仕事を休んでいたが、週1日薬局で勤務するまでに回復した。趣味の旅行はなかなか行けなくなったが、地域とのつながりが大きな生きがいとなっている。
「10年以上もヒルマ薬局を利用している方も多くいます。私を見つけると『また来たわよ』と声をかけてくれるの。幸いなことに、薬局には椅子が多くありますし、『ちょっと疲れたでしょう。少し休んでいって』と話しかけるようにしています。『そこまで言ってくれる薬局はほかにないわよ』というやり取りがあって薬局を訪れる人たちと親しい間柄となりました」
その上で、地域に根付いた薬局が持つ魅力も語ってくれた。「未だに顔見知りが多いのは、ヒルマ薬局が地域に根付いている薬局だから。例えば、チェーン薬局のように大きな薬局は多くの店舗を持っているので、1年もすればその店舗にいる薬剤師は別の店舗へと異動してしまいます。その店舗で長く働いている薬剤師さんでなければ、地域に住んでいる人たちとは、なかなか顔なじみにはなりにくいですよね」
必要なスキルは相談応需‐医療と生活面からサポート
これからの薬剤師に必要なスキルは処方箋応需ではなく相談応需という。
ヒルマ薬局では「医食導援」を提唱し、現代は薬だけでは治らない病気が増えているのを背景に、その人の人生や生活を医療の側面と生活の側面からしっかりとサポートしていきたいという理念がある。開業以来10万人以上の相談実績を持つ。
比留間さんは、「相談があるんだけどいい?いいわよ、どうぞって。身の上話の相談に乗ったりもしています。叱咤激励をしたこともあります。怒るのではなく押しつけをせず、話を上手に聞いてあげたら、喜んで帰っていくのよ。難しいことは話せないけど」と笑顔で話してくれた。
仕事で心がけていることは「同じことを繰り返し行うこと。1回で覚えるのは難しい。この年になると1度聞いたことも忘れてしまう。右から左ではなく、大事なことは書き止めるようにしている」という。
今後の目標を聞くとシンプルな回答が帰ってきた。
「一つのことを頭に入れて地道にやっていくことです。簡単なことですがそれを続けていきたいです」