独立後のインド産業成長:国有企業、民間企業、海外協力の役割
序論
インドの産業化は、1947年の独立後、大きな変革と逆境を力にする適応力によって歩みを進めてきました。主に農業経済に依存し、限られたインフラを背景に、インドは自立した産業基盤の構築に着手しました。この数十年で、インドは世界有数の経済大国へと成長し、産業分野がその発展を牽引しています。本記事では、ロシア、イギリス、ドイツ、アメリカとの国際協力を含め、国有企業(SOE)、民間企業の役割がインドの産業をどのように形成してきたかを考察します。
エリートが築きあげた産業成長
インドの産業および行政の成長は、厳しい訓練と能力主義に基づく採用によって選ばれた優秀なエリートたちにより支えられています。彼らはインドの行政、警察、外交、農産業、医療において重要な役割を果たしてきました。さらに、インドの工学、鉄道、軍事、海軍、輸送サービスなどの専門分野が、インフラ整備や経済成長に大きく貢献し,持続可能な発展とレジリエンスを支援しています。 模範的な人物として挙げられるのは、元IAS役人でありマルチ・スズキのCEOを務めたR.C.バルガヴァ氏です。彼は卓越したリーダーシップと市場の専門知識を活かし、スズキをインドで非常に成功した企業へと成長させました。
国有企業(SOE)の誕生
イギリスからの独立後、国内での雇用を確保し貧困を減少させるために産業基盤の構築という大きな課題に直面していました。政府は、鉄鋼、石炭、電力、石油、重工業、通信といった重要な分野で取り組みをスタートしました。その結果、バラト重電(BHEL)、スチール・オーソリティー・オブ・インディア(SAIL)、インド石油公社(IOC)、国営火力発電公社(NTPC)、エアインドを含む25以上のSOEが設立されました。
これらの企業は、外国依存を減らし、インフラ開発を支援しました。例えば:
- 製鉄所:ソ連、イギリス、ドイツとの協力により、ビライ、ルールケラ、ドゥルガプルの製鉄所が建設され、ボカロ製鉄所はソ連の支援を受けて設立されました。
- SAILの役割:1973年設立のSAILは、総合製鉄所を管理し、インフラ、鉄道、電力の供給を確保しました。
- BHEL:ソ連の協力を得て、重機械やタービンの製造を先導し、インドの重工業部門の柱となりました。
これらの国有企業(SOE)は国内の雇用を確保し経済発展を促進しただけでなく、戦略産業を管理することで国家安全保障を確保しました。
政府政策と海外協力
外国との協力は、インドの産業成長において重要な役割を果たしました。ソ連は製鉄所、軍事施設、原子力発電所の建設に必要な技術と専門知識を提供し、アメリカやイギリスは防衛、土木工学、通信分野で貢献しました。インド鉄道は、海外からの技術支援によって大きく恩恵を受け、世界最大級の鉄道網を築きました。
これらの協力は、単なる技術移転にとどまらず、資金投資や合弁事業にも及びました。例えば、日本やドイツとのパートナーシップは、自動車製造や高度な機械開発を支援しました。時間の経過とともに、電子機器や通信分野で国内能力が拡大し、外国の専門技術への依存は徐々に減少しました。
新興分野への多様化
インドの産業基盤が整っていくにつれ、自動車、電子機器、通信、製薬といった分野への多様化が進み、経済に大きく貢献しました:
- 自動車:ヒンドゥスタン・モーターズなど初期のメーカーが基盤を築き、マルチ・スズキのパートナーシップは、日本の技術とインドの革新を融合させ、産業を変革しました。
- 通信:政府の取り組みと民間企業の革新により、モバイル通信とインターネット接続が普及しました。1990年代には、バーティ・エアテル*やリライアンスコミュニケーション*が通信分野を変革しました。
- 製薬:技術移転を活用し、インドはジェネリック薬品の世界的リーダーとなり、手頃な価格で医薬品を供給しています。
- IT:英語を話する労働者が、インドはITアウトソーシングの世界的な拠点となりインフォシス*、ウィプロ*、TCS*などが業界を牽引しました。
*企業名
民間企業の役割
インドの産業成長は、民間企業によっても推進されました。タタ*、リライアンス*、マヒンドラ*などの企業は、革新、雇用確保、国際競争力の強化において重要な役割を果たしました:
- タタ・グループ:鉄鋼、エネルギー、IT分野で先駆者的役割を果たし、現代インドの礎を築きました。
- リライアンス:石油化学、精製、リテール分野で革新を起こし、Jioを通じてデジタル経済を変革しました。
- マヒンドラ&マヒンドラ:自動車や農業機械のリーダーであり、農村開発や防衛分野にも貢献しました。
- 企業の社会的責任(CSR)は、古代からインド哲学の一部として存在し、ヒンドゥー教の「カルマ」の概念が基盤にあります。歴史的に、王族を含む裕福な人々、事業家たちは、学校や病院、孤児院を建てることで社会を支援してきました。タタ財閥は、この慈善活動の伝統を受け継ぐ代表的な例です。私の父も、こじんまりした起業家でありながら、自身が15km歩いて学校に通った経験から、村に学校を設立しました。当時、起業家の成功は売上ではなく、社会への貢献度によって評価されていました。
製薬およびヘルスケア分野
インドの製薬業界は、その産業的に成功しています。独立後、政府は増加する人口に応えるため、医療インフラの整備を優先しました。様々な外国との製薬会社との協力により、技術移転が促進され、インドはジェネリック医薬品生産において世界的リーダーの地位を確立しました。現在、インドは世界のワクチン需要の50%以上を供給し、医薬品を世界中に輸出しています。Dr. Reddy’s*、Cipla*、Sun Pharma*といった企業は、研究開発能力と競争力のある価格設定に支えられ、国際的な評価を得ています。
*企業名
「Make in India」:戦略的イニシアチブ
2014年に開始された「Make in India」キャンペーンは、インドを世界的な製造拠点に変革することを目的としています。電子機器、防衛、繊維といった分野に焦点を当て、ビジネス環境を改善し、外国直接投資(FDI)を誘致し、スキル開発を推進しています。この取り組みは「デジタル・インディア」や「スキル・インディア」と連携し、人口ボーナス*を活用しながら成長と革新を促進しています。
*人口ボーナスとは、人口が増えることにより経済成長する事をいいます。
インフラとコールドチェーンの課題
成功にもかかわらず、インドはコールドチェーンのインフラ不足という大きな課題に直面しています。農産物の約40%が市場に届かないため損失し、食品加工産業やエネルギー供給に大きな機会損失をもたらしています。この問題に対処するためには、官民連帯や戦略的投資が必要です。また、主要プロジェクトの遅延や運営の非効率性も成長の妨げとなっています。
結論
インドの産業成長は、国有企業、民間企業、国際協力の連携によって成し遂げられた成果です。SOE(国有企業)が基盤を築き、民間企業やグローバルアライアンスが多様化と革新を推進しました。しかし、コールドチェーンのインフラの不足やプロジェクトの遅延といった課題が成長の可能性を妨げています。持続可能性、技術革新、運営効率に焦点を当てることで、インドは産業の勢いを維持し、世界的な経済大国として確固たる地位をきづいていけると信じています。
プロフィール
アイ・ティ・イー株式会社
CEO パンカジ・ガルグ
国立工科大学でコンピューターサイエンス工学を専攻し、米国フォックスビジネススクールにてMBAを取得。34年前に日本に移住以降、AIやロボティクス、半導体等の分野を専門として神戸製鋼所、安川電機、インテル、NASA/カリフォルニア工科大学のスタートアップなどで活躍。専門分野はR&D、エンジニアリング、製品製造、そしてグローバル規模の技術営業およびマーケティングなど多岐にわたり、半導体、グリーンエネルギー、次世代エネルギーに関する30以上の特許を保有しています。
気候変動やフードロス、医薬品のコールドチェーン不足などのグローバルな課題に取り組む使命に駆られ、シームレスでグローバルスタンダードとなる低温物流システムを開発することを目指し、インテルを退社後、2007年にアイ・ティ・イー株式会社(ITE)を完全自己資金で設立しました。
現在、ITEは国内外250社以上のクライアントにサービスを提供し、インド市場でも成長を続けています。日本の技術革新と“ものづくり”の品質へのこだわりに触発され、ビジネスの卓越性、誠実さ、継続的改善の文化を育んできました。指導原則は、バガヴァット・ギーターに示されたカルマの教えや改善(カイゼン)に基づき、特にアメリカでの豊富なグローバルビジネス経験から形成された、ITEの顧客第一の哲学を形作っています。
また、DX、半導体、医療用コールドチェーン、製薬、GDP/GMP基準、ライフサイエンス、アーユルヴェーダ、ヨガ、食品産業に関する深い知識を持っています。この多様な知識は、彼が複数の分野で成功する上で重要な役割を果たし、コールドチェーン物流、気候変動対策、グリーンエネルギー分野におけるビジョナリーリーダーとしての地位を確立しています。
アイ・ティ・イー株式会社
2007年創業以降、国内外250以上の企業に、独自の「IceBattery(R)システム」という低温物流全体のプラットホーム、及びDXソリューションを提供している温度管理専門企業。IceBattery(R)製品はすべて自社で設計・開発されており、IceBattery(R)システムは4Lボックスから40FTの大型コンテナ/トラックまで、すべての輸送手段における庫内温度を均一に長時間維持することができる画期的な保冷システムである。
コラムへの想い
私は35年以上日本に住んでおり、インドの価値観を保ちながら、個人としてこの国の一部になりたいと常に考えてきました。私の家族はビジネスに関わる家庭で、祖父の兄が1959年に在日インド大使館の副大使を務めるなど、世界中に親戚や友人がいます。この経験から、私は国、文化、人々を少し違った視点で見るようになりました。日本とインドは歴史、文化、宗教に深く根ざした強い絆を持ち、互いに補完し合う関係にあります。第二次世界大戦中の日本のインド支援や、両国間の精神的つながりはその証です。
私は、このシナジーを活かし、インドのグローバルリーダーシップと日本のビジネス、製造、運営の卓越性を結びつける強力なパートナーシップを築くことを信じています。共に、仏教とカルマの真髄を体現し、世界を一つの家族として平和と繁栄、知恵をもたらす未来を切り開けると確信しています。
目次
- 【インド市場の特性と文化的理解で拓く新たな可能性】第1回 インドの歴史と文化精神の旅 アイ・ティ・イーCEO パンカジ・ガルグ
- 【インド市場の特性と文化的理解で拓く新たな可能性】第2回 インドの他国との同盟とその影響を探る アイ・ティ・イーCEO パンカジ・ガルグ
- 【インド市場の特性と文化的理解で拓く新たな可能性】第3回 インドの教育の進化 アイ・ティ・イーCEO パンカジ・ガルグ
- 【インド市場の特性と文化的理解で拓く新たな可能性】第4回 独立後のインド産業成長:国有企業、民間企業、海外協力の役割 アイ・ティ・イーCEO パンカジ・ガルグ
- 【インド市場の特性と文化的理解で拓く新たな可能性】第5回 インドの医療システム:包括的な概要 アイ・ティ・イーCEO パンカジ・ガルグ