今年は、政権交代後1年を経ずして鳩山内閣から菅内閣へバトンがわたり、尖閣諸島問題などの難題続出もあって、先行き不透明な政治状況が続いた。また、円高下のデフレ経済に苦吟した年であった。医療・医薬品分野では、新型インフルエンザのパンデミックの終息、診療報酬の10年振りのプラス改定、新薬価制度(新薬創出・適応外薬解消等促進加算)の試行的導入の実現等が主要ニュースであった。しかし、朗報の中で医薬品流通は波乱に満ちた1年であった。
新型インフルエンザ対策については、国際的に見ても低い死亡率であった点では成功と言えるが、様々な課題を残した。当初は供給不足が憂慮されたワクチンは、必要量のみの供給で返品不可の取り扱いとされた。しかし、必要接種回数の見直し、外国製ワクチンの特例承認・緊急輸入等により、一転して供給過剰となり、医療機関は過剰在庫の返品を希望した。
一般商品のように企業リスクをかけた自由取引でなく、政府買上品を独占禁止法適用外で、公定価格・公的イニシアティブにより配給したのであるから、返品認容の場合の代金返還・回収費用は、公費弁償になるはずであるが、国の財政事情からメーカー・卸に費用負担が求められた。メーカーが先行して受諾していたこと等から、卸は低い営業利益率に喘ぐ厳しい経営状況の中で、苦渋の思いをもって受け入れた。
現在、厚生労働省では、新型インフルエンザ対策の検証・見直しが進められているが、卸業界として、パンデミック時の医薬品流通については、卸機能を適正に評価し、適切な流通スキームを設定すること等の改善意見を表明し、行動計画等への反映を希望している。
民主党政権は、6月閣議決定の新成長戦略で、医療・医薬品産業に経済の牽引役を期待した。4月にスタートした新薬価制度は、そのための総合的な施策の一環として位置づけられるだろう。製品価値の陳腐化を伴わずに、新薬の市場価格が下落していくことは、メーカーの新薬開発能力を殺ぐと同時に、日本市場の魅力を低下させ、ドラッグラグの誘因となり、結果として患者利益を侵食している。卸にとっても、新薬価制度が医薬品市場の充実・活性化をもたらすことになれば、大きな福音である。
一方、本年度の医薬品流通は、新薬の価値の尊重、後発医薬品の使用拡大などが進んだものの、卸とユーザーとの価格交渉は難航した。長期未妥結仮納入の改善は逆行の様相を呈し、9月末の妥結率は2年前の水準を大きく下回った。流通改善懇談会の緊急提言前の水準と同等以下である。その理由は、病院団体等が新薬価制度の導入に伴うメーカー・卸の制度趣旨の説明を、「値上げ要求」として問題視し、価格交渉が中断したこともあるが、単品単価交渉の困難性と共に、2年前の卸経営が受けたダメージが影響している。
2年前、緊急提言の趣旨を達成すべく、卸は業界を挙げて妥結率の向上に努力したが、このことがユーザー側に有利に作用して、市場価格の軟化を招き、過去最悪の企業成績を記録した。卸としては価格交渉に慎重にならざるを得ない。今回の低水準の妥結率は、医薬品の価格交渉を専ら当事者間の自由取引に委ねれば、常に生じ得る帰結であることを再認識させた。
そもそも緊急提言は、中央社会保険医療協議会から、薬価調査の信頼性の向上を図る必要があるとの指摘を受けてまとめられたものである。価格未妥結分の取引は薬価調査から脱落し、場合によっては、新薬価制度で薬価改定免除の基準となる平均乖離率の正確性に疑念が生じる。新薬価制度恒久化のマイナス要素になりかねない。
緊急提言には強制力はないと主張して、長期未妥結仮納入の解消に消極的な大口ユーザーがいることは事実である。問題解決のためには、価格交渉当事者双方に、平等に早期妥結の行動を促す舞台設定、いわば構造対策がほしい。流通改善懇談会の有識者委員が提案された早期妥結インセンティブの議論は、傾聴に値するという声が多い。公的医療保険制度は社会的インフラであり、医薬品供給はその中核である。自由取引の限界には適切な補完措置が望まれる。7月の流通改善懇談会では嶋口座長が、早期妥結インセンティブ(または長期未妥結のディスインセンティブ)の検討に、前向きの発言をされた。今後の議論の展開を期待したい。
日本型卸のビジネスモデルを研究した、当連合会の国際委員会報告(「医薬品卸の機能別コストの国際比較」)がまとめられ、9月にソウルで開催された卸の国際団体IFPWの総会で紹介された。他国で例を見ない販売促進機能を有し、低コストで信頼性の高い医薬品流通を実現していることが、参加者の耳目を引いた。今後、日本型卸機能についての外資系メーカーの理解促進や、新興市場であるアジア諸国での日本型卸モデルの普及を図る努力が重要だ。また、同じ総会で、世界の医薬品卸業界発展の功労者として、顕著な国際活動の実績を挙げられた松谷副会長に、インターナショナル・リーダーシップ・アウォードが贈られた。
大衆薬については、たばこ増税に伴うたばこの大幅値上げを受け、禁煙補助剤の特需があったが、大衆薬卸の経営の厳しい状況に変わりはない。他業界と比較して高い返品率、あるいは大規模小売業者の高額な流通センターフィーなど、改善を要する課題に今後とも取り組む必要がある。 卸業界は、難題を克服し、国内外で発展充実を期す姿勢を整えようとしている。明日に向かっての飛躍を目指したい。