医療技術が高度化し、毛細血管や細胞内の状況まで映し出せる画像装置や各種マーカーの開発など、生体情報も極めて詳細なデータが得られるようになってきた。しかし現代の最先端医療には、もう一つの側面があることも理解すべきであろう。
技術の高度化によって、早期かつ的確な診断が可能になってきた一方で、これらの高度技術をもってしても、何ら異常が見出されない疾患が数多く発見されてきた。だが、そうした病気の診断・治療も著しい進展を遂げている。
例えば「過活動膀胱」の場合は疾患概念が変更され、診断は従来の「Urodynamics」(膀胱内圧)ではなく、「自覚症状」が中心に据えられた。必須症状は“尿意切迫感”だという。
「慢性閉塞性肺疾患」の診断はスパイロメトリーが主役であるが、この疾患に対して国際的に評価されている8項目の問診票があり、スパイロメトリーを導入していない医療機関でも、病診連携に基づいた診断・治療を可能にしている。
組織病変のない上腹部愁訴だけの“症候学的”慢性胃炎。これまで“気の病”と退けられていた面もあったが、「機能性ディスペプシア」と命名され、診断と治療法が確立した。食道粘膜電気刺激時の脳波測定が行われ、明らかに敏感な患者が該当することが分かってきた。ただし診断の第一歩は、あくまでも上腹部愁訴である。
実はこの消化管症状を表す言葉は、胃もたれ、胃部不快感、むかつき、吐き気と数限りない。新薬開発に当たった医師は、これらを「胃もたれ」「胃の痛み」に整理し、スコア化して診断基準とした。
睡眠・精神療法を糖尿病治療の柱の一つだと主張する医師は、実に単純な不眠の自己評価表を作成し、調査や診断に役立てている。
原因が不明なために“不定愁訴”と括られ、対症療法に終始していた疾患の多くが、頸の筋肉の異常であり、「頸性神経筋症候群」と命名され、完治する患者が続々出てきた。ここでは東洋医学的方法により、東洋医学とは異なる新しい“ツボ”が独自に見出されたという。
最後のケースは、概念等が国内外で普及するまでに相当の時間を要するだろうが、これらに共通していえることは、未だに一般医家、プライマリ・ケア医への知識普及が遅れている点である。
癌疼痛における痛みの評価には、患者の主観によるVASというスケールが使われ、治療法はWHO方式癌疼痛治療法が世界的に普及しているが、日本ではそれを知らない医療スタッフが、数多く存在した事実があったという。専門医すらである。
どんなに医療が高度化しようと、医療の基本は患者と医療者がしっかり向き合うことにある。患者が苦痛を訴えているのに、検査データで異常が見出されなければ、気の病として片付けてしまう“データ依存型医療”、患者を全人的に診ない医療が、残念ながら今なお存在する。
もちろん、こうした問題点を認識させてくれたのも、専門医療に取り組んでいる医師たちである。原因不明で苦しむ患者に対して自覚症状を重視し、診断法は患者の主観に基づいていても、それをエビデンスベースにまで高めていく、こうした優れた努力も現代の最先端医療と言えるはずだ。