近年、母乳が乳児のIQを高め、感染症のリスクが低減することや、乳癌を含めた母親の発癌リスクが低減する多くの疫学的データが報告され、母乳のメリットが改めて注目されている。
その一例として、ロシアの一部地域で乳児を持つ1万4000人の母親を「通常のケア(3カ月の完全母乳栄養6%)グループ」と、「母乳栄養推進(同43%)グループ」に二分した調査結果では、後者のIQが8ポイント高かった。
一般人口のIQの平均は100~105で、標準偏差は16ポイントとされている。両者の差の8ポイントは、標準偏差の半分に値するため、疫学的に非常に有意な違いを示している。
15年前にランセットで報告された同内容のスタディでも8ポイント差がついており、母乳栄養は乳児のIQに大きな影響を与えていると考えられる。
これらの母乳のメリットを生かすために、欧米、カナダ、日本の小児科学会では、「完全母乳栄養を生後6カ月間、可能であるなら1歳以上続ける」ように推奨している。
だが、その一方で、添付文書を見ると、そのほとんどが「妊娠・授乳中は止めた方がよい」とか「授乳は禁忌」と記されており、母親が何らかの疾患に罹患している場合は、「母乳をやめる」ように提案し、乳児から母乳栄養が示す全てのメリットを奪っている事例が大半である。現状では、母乳を介する薬物曝露の安全性情報が少ないこともその背景にある。
一般的に、母親が服用した薬物の母乳を介した乳児への曝露量を示すM/P比が高い薬物の特徴では、▽分子量が小さい▽血漿蛋白(アルブミンなど)と結合しにくい▽脂溶性が高い▽弱塩基性――などが挙げられる。
だが、「M/P比が大きい薬剤は、母乳中に禁忌」というのは間違いで、母乳を介する薬物曝露は、母乳中にどのくらいの薬剤が出ていて、1日に乳児がどのくらい摂取するかを考えねばならない。
医薬品卸の文献検索情報によれば、34品目を授乳禁忌としており、そのうち米国小児学会が授乳禁忌とするものは、ブロモクリプチン(抗パーキンソン剤)、シメチジン(H2ブロッカー)、メトトレキサート(抗癌剤)、シクロフォスファミド(同)、フマル酸クレマスチン(抗ヒスタミン剤)、金チオリンゴ酸ナトリウム(抗リウマチ剤)の6品目である。
従って、母乳のメリットを生かすには、添付文書に「母乳中の使用を避ける」と記された薬剤の中で、その根拠が定かでないものについては、理論値と臨床値の違いを検証していく必要があるだろう。
具体的には、医師と薬剤師が組み、対象とする薬剤が投与されている患者の母乳を採取して、薬科大学などの分析装置を使ってエビデンスを積み重ねていくという方法が考えられる。薬剤師が得意とする分析、測定、物質の読み取りの能力の見せどころでもある。
医療過誤における司法判断は、添付文書との違いではなく、スタンダードな治療が行われたどうかが問われる。専門的知識を有する薬剤師や医師は、エビデンスを積み重ねてより良い方向にスタンダードな治療を確立していくことが、重要な使命であると認識する必要がある。