がんゲノム医療の体制整備や新たな分子標的薬の登場など、医療の発展に伴って今後、遺伝性腫瘍の発症リスクや血縁者への遺伝を心配する人が増えそうだ。薬剤師は、そのような質問を受けた時の対応をしっかり考えておく必要がある。
遺伝性腫瘍とは、生まれ持った遺伝子変異を主な要因として発症するがん。がんの多くは体細胞の遺伝子が様々な要因によって後天的に変異して発症するが、遺伝性腫瘍は先天的な生殖細胞系の遺伝子変異によって発症する。
米国の女優アンジェリーナ・ジョリーさんが発症前に手術に踏み切ったことで注目を集めた「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」(HBOC)や、様々ながんを発症するリンチ症候群など現在、約80種類の遺伝性腫瘍が見つかっている。がんの数%は、遺伝性腫瘍が占めると見られる。
一般的ながんとは違って遺伝性腫瘍で注意すべきなのは、本人だけでなく血縁者に影響する可能性があることだ。遺伝性腫瘍に関わる遺伝子変異が親子間で遺伝する場合と、遺伝しない場合がある。遺伝した場合、遺伝性腫瘍を将来発症するリスクを抱えることになる。
遺伝子検査を受ける機会の拡充によって、自分が遺伝性腫瘍であることや、発症するリスクがあることを知る人が増えると見られる。
国はがんゲノム医療の体制整備を進めている。がん細胞の遺伝子変異を一度の検査で網羅的に調べ最適な治療法を判断する、がんゲノム医療が臨床現場で広く実践されるようになると、遺伝性腫瘍に関わる遺伝子変異が意図せず見つかる機会が増えるだろう。
新薬の登場もこの流れを後押しする。今年7月、経口薬オラパリブがHBOCの治療薬として保険適応された。BRCA1/2遺伝子に変異があるかどうかをコンパニオン診断薬で検査し、変異があれば同剤投与を治療選択肢の一つに加える。検査や同剤投与の過程を通じて患者には、遺伝性の乳がんであることを期せずして知らしめてしまう。
それを知った患者は「子どもに遺伝していないか」「遺伝している場合どう対処すればいいのか」など様々な不安を抱きやすい。その相談に応じる職種として認定遺伝カウンセラーが存在しているが、その数は全国にまだ約230人ほど。絶対的に不足しているのが現状だ。
他の医療従事者も、遺伝性腫瘍について患者や血縁者から質問を受ける機会が増えると見られる。院外処方箋応需などの場面で質問を受けた時に薬剤師はどう対応するのか、考えておく必要がある。
患者や家族が過度な不安に陥ったり、誤った認識を持ったりするような接し方をしてはいけない。個人情報への配慮も重要だ。専門家である認定遺伝カウンセラーとの連携も必要になるかもしれない。遺伝性腫瘍の基礎知識を備えた上で、こうした体制整備を進めてほしい。