日本製薬工業協会専務理事 川原章
2018年5月に日本製薬工業協会は創立50周年を迎えた。新旧会長の改選時に合わせて記念講演・祝賀会を開催したほか、前後して記念座談会、記念誌の発刊も行われた。年末には会員企業もかかわる癌免疫の分野で京都大学・本庶佑特別教授のノーベル賞受賞という慶事もあって、研究開発型製薬産業が注目を集める年ともなった。
昨年の時点では、北朝鮮情勢が東アジアの不安定要素として当面、気がかりな状況が続き得ると述べたが、急転直下シンガポールでの米朝首脳会談などもあり、軍事衝突といったシナリオは想定されにくい状況となった。
一方、この1年で激化したのは米中貿易摩擦である。単なる物品の輸出入の問題のみならず、知財、特に今後のIT覇権なども視野に入れた両大国の思惑も背景にあると言われ、南シナ海、西太平洋における両国の軍事面のプレゼンス問題も絡みながら、当面は現在のような緊張状態が続くと予想される。米中両国と密接な関係を有するわが国にとっても、事態の展開によっては大きな負のインパクトが危惧されるし、わが国も米国との間で新しい二国間協議が年明けにも開始される見通しである。
このようなことから、日本と近隣他諸国(ロシア、アセアン諸国など)との良好な関係維持は、今まで以上に重要性を増してきていると考えられるが、最も身近な韓国との関係が過去の清算問題で軋んでいるのは懸念材料である。
なお、欧州では英国のEU離脱(Brexit)に伴う交渉は、離脱協定の合意に達したものの、その内容をめぐり英国内も混迷している。ロンドンにある欧州医薬品庁(EMA)も4月にはオランダ・アムステルダムに移転するとされている。EMAは共同審査の調整機関という面も大きく、これまで共同審査の実務面で相当な業務分担を担ってきたと思われる英国MHRA(英国医薬品医療機器庁)が、この共同審査の枠組みと完全離別するのかどうか、引き続き注視する必要がある。
年末には米国ブッシュ元大統領が逝去された。東西冷戦の終結など、ほかにも偉大な業績が多いためほとんど語られることはなかったが、在任中の1992年にユーザーフィー法(PDUFA)を導入して現在のFDAの体制整備の基礎固めをされた功績もこの機会に記しておきたい。
このような中、国内的には薬業界としては極めて不満の残る18年度診療報酬・薬価基準改定が行われた。
2年前に「薬価制度の抜本的改革について」の四大臣合意がなされ、「国民皆保険の持続性」と「イノベーションの推進」を両立し、国民が恩恵を受ける「国民負担の軽減」と「医療の質の向上」を目指すという、これまでにない高次元の基本方針をもとにした抜本的な見直しとのことであったが、結果的には最終調整段階での見直しがなされたとはいえ、新薬創出等加算制度の対象範囲がより限定されると共に、新たに企業要件なるものも導入されたことにより、対象範囲が大幅に削減される形で見直され、財源面でも前回改定を上回る薬価部分への切り込みが明確となった改定であった。
研究開発型製薬産業の集まりである製薬協としては、新薬への研究開発投資を回収できないリスクを高めるなど、大変残念な方向であると言わざるを得ない状況である。これまで、薬価面も含め創薬イノベーションを支援するエコシステム構築に向かっていた流れに逆行するもので、新薬研究開発、ひいては国民の新薬へのアクセス等へ悪影響を及ぼすことが懸念される。
一方、消費税率の引き上げに伴う薬価改定や税制改正、さらには来年度から本格実施される費用対効果評価については、業界の意見・要望が概ね反映されて進められている状況にあるが、これらについても引き続き注視していく必要がある。
医療分野の研究開発基盤の整備という面からは、日本医療研究開発機構(AMED)が設立4年目を過ぎようとしており、20年には第2期中期計画期間に入る。製薬協との官民共同の「生物統計家育成支援事業」も3年目に入っており、順調に展開しているほか、補正予算を活用した会員企業による共同・連携事業も進展しており、今後の成果に結びつくことが期待される。
AMEDと共に新薬創出のエコシステムにおいて重要な役割を果たしてきたPMDAについては、04年の設立後約15年が経過した。来年4月からは第4期中期計画に入る。
また、厚生科学審議会制度部会にて議論された薬機法改正案も次期国会に提出されることが目指されており、より一層の革新的新薬創出のためのエコシステム構築が進展することになろう。
製薬協は16年初頭に「製薬協産業ビジョン2025:世界に届ける創薬イノベーション」を発表した。来期はこのビジョンも俯瞰した中で、製薬協からの中長期的な提案として「イノベーションによる社会的課題の解決に向けた製薬業界の基本的考え方」の披露も予告されており、来年も研究開発と国際展開を通じて医療への貢献を目指す姿勢を堅持する年となろう。