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アリジェン製薬は、日本発のアフリカ睡眠病治療薬「アスコフラノン」の開発を目指す非営利プロジェクト「jHAT(日本主導によるアフリカ睡眠病治療薬の開発計画)」の設立に向けて、資金調達に乗り出す。アフリカの人々に日本発の貢献を明確にするため、国内で原薬生産から製剤化、第I相試験までを実施し、無料で大手製薬企業に導出する計画だ。募集金額は10億円。出資者には商社等を想定しているが、地球規模の社会的責任の観点からも、製薬企業の積極的な出資が求められている。
アスコフラノンは、1972年に東京大学農学部の田村学造教授が発見した化合物。その後、東京大学医学系研究科の北潔教授らが、アフリカ睡眠病の病原体であるトリパノソーマ原虫の増殖を低濃度で特異的に阻害することを見出した。実際、マウスを使った実験では、アスコフラノンは投与後30分でトリパノソーマ原虫をほとんど血中から消失させるなど、少量で劇的な作用を示すことが分かった。また、アスコフラノンは哺乳類にはない酵素を標的とするため、ヒトへの安全性は高いと考えられている。
ただ、唯一の新規化合物でありながら、アフリカ睡眠病治療薬の開発に製薬企業の協力が得られる可能性は低い。そこで北教授らは、非営利団体DNDi(顧みられない病気のための新薬開発イニシアチブ)が案件募集をしていたアフリカ睡眠病の開発プロジェクトに応募した。96案件の中から採択された一つに選ばれたが、日本発のアイデンティティーを明確にすることが必要との考えから、「jHAT」プロジェクトを立ち上げることになった。
jHATは、日本で発見されたアスコフラノンを、途上国向けのアフリカ睡眠病治療薬として提供するのが目的。日本のアイデンティティーを確立するため、原薬生産から製剤化、第I相試験までを国内主導で実施することに意義を置いている。その後、大手製薬企業に無料で導出する計画で、最終的にはWHO等の協力を得て、途上国のアフリカ睡眠病患者に無償提供する。ただし、導出先の製造・販売者には、ロイヤリティーを支払う代わりに、「アフリカの人々のために日本人によって開発された」ことを、製品ラベルや添付文書等に明記することを義務づけている。
同時にjHATは、アフリカ睡眠病がヒトのみならず、家畜類に多大な被害を与えていることから、ヒトと生物の共生を俯瞰した21世紀型の開発を指向し、アフリカの持続可能な生態系の維持も視野に入れている。
アスコフラノンは、アフリカ睡眠病の症状が出現したステージII向けの治療薬として開発が進められている。現在ステージIIには、メラルソプソル、エフロルニチンの2種類しか治療薬が存在しない。しかも、メラルソプソルはヒ素剤で、投与患者の約10%が死亡するなど、安全性に大きな問題がある。また、エフロルニチンは、高価で14日間の点滴が必要となるため、多くの患者に対応できないのが現状だ。
これに対し、アスコフラノンは1回の注射で治療が可能だ。jHATでは、アスコフラノンの注射剤を上市し、最終的には1回投与の経口剤の開発を目指している。既にアスコフラノンの全合成に成功し、ケニアでヤギを用いた動物実験を重ねた結果、極めて少量で高い有効性が確認されている。
今後、アスコフラノンの開発スケジュールとしては、09年4月から国内での前臨床試験と製剤化研究に着手。その後、GMP基準の原薬・製剤の生産を行い、12年3月には第I相試験を終了させる計画だ。最大のカギはとなるのは、GMP基準の原薬生産と見られる。jHATは予想経費を10億円と見て、9月から資金調達に向けた活動を本格化する。
jHATが掲げるのは、日本の技術で現地に貢献する「21世紀型の開発」を指向する中で、アフリカ睡眠病治療薬の開発を目指すというもの。その意味で、日本を代表する商社等から出資を募る予定だが、本来は製薬企業・団体が最もふさわしいはず。jHATの事務局を務めるアリジェン製薬の所源亮社長は、「いくつかの製薬企業と業界団体に話をしたところ、全く反応がなかった」と残念がる。
今年は、アフリカ開発会議(TICAD)、北海道洞爺湖サミットが相次いで日本で開催され、アフリカ支援が大きな焦点となったのは記憶に新しい。jHATの活動にも追い風が吹いており、既に開発のスキームは完全に固まった。設立に向けて残る課題は、10億円の出資を募るのみだ。日本発の化合物で、アフリカの人々に貢献できる壮大なプロジェクト。そこに関わるのが他業種の企業では、グローバル化を目指す製薬企業の価値観が問われかねない。
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