日本薬学会第141年会が26~29日の4日間、「革新的創薬と持続的医療の融和」をメインテーマにオンラインで開かれる。新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けて当初予定していた広島市での現地開催を断念。オンラインのみでの開催となったが、基調講演や特別講演、シンポジウムの発表はほとんどがライブ配信で行われる見込みだ。口頭発表やポスター発表も演者と参加者がライブでやりとりできるなど、現地開催に近い臨場感で参加できるように工夫が凝らされた。
141年会の組織委員会が広島での開催準備を開始したのは約3年前。まずは大きなスペースが必要なポスター発表会場として広島県立体育館、メイン会場として広島国際会議場を確保した。これらの会場は1キロ以上離れているため、広島市が保有する電動自転車を参加者の移動に活用してもらうなど、様々なアイデアを温めてきた。
しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大で、当初案を見直さざるを得ない状況に陥った。昨年9月の段階で、学生の比率が高い一般口頭発表とポスター発表はオンラインで対応し、広島国際会議場周辺エリアのプログラムは現地で講演してもらうハイブリッド形式での開催に切り換えたが、2度目の緊急事態宣言を受けて断念。オンラインのみでの開催とすることを1月に決定した。
組織委員長の小澤光一郎氏(広島大学副学長・大学院医系科学研究科教授)は「広島で開催する準備を進めてきたので断腸の思い。現地開催を少しだけでも残したいと考えたが、予想外に現地に参加者が集まり会場に入れないという事態も起こり得る。最終的には参加者の安全を重視し、現地開催は見送った」と説明する。
オンラインのみの開催となったが、現地開催に近い臨場感で発表を視聴できるように工夫が凝らされた。海外の演者も含め特別講演やシンポジウムの発表は、ほぼ全てライブ配信で行われる。参加者は、演者の発表をオンラインで視聴し、チャット機能で質問できる。講演後にはそのままライブで質疑応答が行われる。
一般演題の口頭発表は、事前に発表者が収録した講演を聴く形になるが、チャット機能で質問を受け付け、発表後の質疑応答はライブで実施される。
ポスター発表は、オンラインで内容を閲覧でき、示説時間には発表者と参加者が討議するブレイクアウトルームが設けられる。チャット機能による質問も可能だ。現地開催の場合は、1日や半日単位でポスター発表の張り替えが必要だったが、今回の年会では会期中であれば夜中でも発表内容を閲覧できるため、討議も活発になると見込まれる。
今回の年会のメインテーマは「革新的創薬と持続的医療の融和」。小澤氏は「両者をうまく融和させることで、日本薬学会をさらに発展させたいとの思いを込めた」と話す。
持続可能な開発目標(SDGs)に基づく取り組みが世界的に進む中、近年、世界保健機関(WHO)や国際薬剤師・薬学連合(FIP)でも持続して安定的に供給できる医療提供体制の重要性が強調されるようになった。日本薬学会創立時からのテーマである革新的創薬に加え、持続的医療の構築を意識することで、現代のニーズに合った研究活動を展開できるという。融和という言葉を使ったのは、お互いを尊重し協調するハーモナイゼーションの概念と、広島にちなんで平和の和の字を盛り込みたかったからだ。
新型コロナで多数の発表
新型コロナウイルス感染症に関連する発表が多いことが今回の年会の特徴だ。黒田照夫氏(広島大学大学院医系科学研究科教授)は「医療現場での対応やワクチン開発、治療薬の基礎研究など様々な視点からシンポジウムの応募があった」と語る。
FIPフォーラムと題して開かれる国際交流シンポジウムでも、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに対する薬学関係者の国際協力をテーマに、FIPのドミニク・ジョーダン会長や日本薬剤師会の山本信夫会長らが講演する。もう一つの国際交流シンポジウムでは、日本薬学会と韓国薬学会の合同企画として、同感染症の治療薬創製研究の最前線をテーマに両国の研究者が取り組みを発表する。西浦博氏(京都大学大学院医学研究科教授)による特別講演「数理モデルを利用した新型コロナウイルス感染症の流行分析」もある。
基調講演は、パスツール研究所のスチュワート・コール所長が担当する。「結核治療薬開発の促進」をテーマにヨーロッパからライブで講演するため、時差の関係で総会がある初日の午後5時に組み込まれた。
今回は、前回にはなかった大学院生・学部生シンポジウムも復活した。「若い人に発表の場を与えるのも薬学会年会の使命。ぜひ視聴してもらいたい」と紙谷浩之氏(広島大学大学院医系科学研究科教授)は話している。
例年と同様に、今回も薬剤師の参加を促すため、医療系のシンポジウムをできるだけ土日に集中させて、土日の2日間のみ参加できる2デイパスを設けた。
このほか、今回初の試みとしてキャリアデザインセミナーを企画した。薬学生の採用を予定する企業や薬局、病院に、強みや職場環境をアピールする場を提供するプログラムで、「広島県立体育館の客席エリアが空いていることに目をつけて立ち上げた」と熊本卓哉氏(広島大学大学院医系科学研究科教授)は語る。オンライン開催になったことから、今回はZoomのブレイクアウトルームを提供し、そこを自由に使ってもらうことになった。
薬科機器の展示会場はオンライン上に設けられ、年会のウェブサイトにリンクが貼られる予定だ。
一般演題は例年の7割
口頭発表とポスター発表を合わせた一般演題数は、例年の約7割にとどまる。口頭発表は1000題強と増えたが、ポスター発表は約1500題で例年に比べると少ない。薬学会年会は、薬学生が研究成果を発表する場にもなっているが、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて計画通りに研究を進められない薬学生は多く、影響を受けたと考えられる。
演題登録の期限は2回延長し、昨年12月8日で一旦締め切った。しかし、今回初の試みとして、期限に間に合わなかった発表者を対象にレイトブレイキングセッションの枠を設け、2月1日までポスター発表の応募を受け付けた。黒田氏は「例年より研究の進みが遅いため、期限を延ばせばその間に成果がまとまり発表できる学生もいると考えて延長した。オンライン開催の今回は、ポスター発表ならギリギリまで待てる状況だった」と話す。
参加者数は、例年と同程度の8000人を期待している。発表演題数の減少に伴って例年より減る可能性はあるが、今回の年会は現地に出向く必要はなく遠方から参加しやすいため、その分の増加が見込まれる。柔軟な対応が可能なオンライン開催のメリットを生かし、事前参加登録の期限を延長した。22日まで登録を受け付けている。
参加を検討中の関係者へ向け小澤氏は「今回はオンラインのみの開催となったが、例年の年会と遜色がないよう最大限の準備をしている。新型コロナウイルス感染症の話題など、薬学会らしい様々な領域の発表がある。ぜひ、ご参加いただきたい」と話している。