博士課程進学者減少を懸念
日本薬学会の2021~22年度の会頭に佐々木茂貴氏(長崎国際大学薬学部教授)が就任する。薬学領域においても大学院博士課程への進学者が減少する中、今後の薬学領域の教育や研究を支える人材の育成は薬学会の重要な役割と捉え、薬学関連学会や薬学教育に関わる団体と協力して解決策を協議する場を設置したい考えだ。国際化の推進や研究力の向上も課題となる。新会頭としてどのような方針で事業を進めるのか、佐々木氏に聞いた。
――研究者の減少は頭の痛い問題だ。
大学院博士課程への進学者が少なく、薬学の教育や研究体制の維持が危機に瀕している。
2020年度の薬学教育6年制課程に基礎を置く大学院博士課程進学者は231人で、その内訳は国公立大学55人、私立大学176人となっている。4年制課程に基礎を置く博士課程進学者は265人で、その内訳は国公立大学212人、私立大学53人となっている。博士課程の学生は将来の教育と研究を担う人材として重要だが、今年度の博士課程への進学者は合わせて約500人しか存在せず、薬系大学の入学定員約1万1500人に比べると、極めて少数であることは明らかだ。
母数が少ない上、博士課程修了者のうち試験・研究機関・大学に就職するのは3割程度であり、大学の教育研究の担い手として期待できる人数はさらに少ない。このことは将来にわたって薬学の教育や研究体制を維持することすら困難になることを示している。
この問題は薬学教育6年制課程、4年制課程に関わらず、緊急に解決すべき非常に重要な課題だ。薬学分野の教育と研究の存続にも関わる。将来に渡って薬学の教育や研究を支える人材の育成は、薬学会の重要な役割だ。今後、薬学関連学会や薬学教育に関わる団体と危機感を共有し、一緒になって解決策を協議する場を設置したい。
オール薬学で研究力向上を
――研究力向上の方策は。
近年、日本の研究力の低下が問題になっている。既存の取り組みに加えて何らかの新しい活動が必要だ。世界では様々な領域の研究者が一緒になって研究に取り組み、新たな価値観を作り上げている。日本でも、国際的に競争力がある薬学研究には、様々な分野の融合や調和が必要になる。
技術革新は幅広い分野で同時に進んでおり、各薬学部の単独の研究室では十分に対応しきれない。薬学会理事の新井洋由先生は、機関誌「ファルマシア」2020年12月号のオピニオンで、全ての薬学教員がネットワークでつながり、メインテーマとサブテーマを持ってオール薬学体制で研究に取り組むことが重要だと提案した。まさにその通りだと思う。
現在でも研究者は個々に連携しているが、オール薬学体制で組織的に各分野が連携できるような仕組みを作りたい。薬学会には基礎から臨床まで幅広い研究者が参加しており、会員の活動をネットワーク化できれば革新的な研究プラットホームとなる可能性がある。合わせて、基礎から臨床へ、臨床から基礎へと循環する幅広い教育、研究体制を構築したい。
博士課程の大学院生への教育も大学が連携して行える仕組みがあればいいと思う。各大学にはそれぞれの専門領域に秀でた研究者がいるので、教育資源を有効に活用したい。実現に当たっては単位互換や大学経営上の問題が存在するが、仕組みを構築できれば全国規模の大学院講義やグループ討論が可能になり、異分野交流を促進できる。
――国際化の取り組みは。
薬学会は国際交流事業に力を入れている。現在の高倉会頭時代に国際交流委員会を整備し、世界薬学連合(FIP)やアジア医薬化学連合(AFMC)、日韓、日独などとの2国間交流事業に取り組む仕組みを整理した。昨年からは新たにカナダ薬学会との2国間交流が始まり、今年6月に最初の合同シンポジウムを開催するため準備を進めている。
AFMC主催の国際学会であるAIMES2021は東京で開かれる予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で残念ながらオンライン開催になった。FIPのサイエンス部門の国際学会であるPSWCは、23年の日本開催の招致に成功した。
薬学会は「ケミカル・アンド・ファーマシューティカル・ブレティン」(CPB)、「バイオロジカル・アンド・ファーマシューティカル・ブレティン」(BPB)、「BPBレポート」の英文学術誌3誌を発行しており、国際競争力やインパクトファクターの向上に取り組んできた。現在、CPBやBPBのオンラインジャーナル化に向けた検討を進めているところで、実現すれば、認知度やアクセスの向上につながる。
――薬学会の運営上の課題やその解決策は。
運営上の課題は大きく分けて二つある。会員数の減少と財政問題だ。
会員減については、会員のうち特に30~40代の会員減少が大きい。これは製薬や化学関連企業の国内研究所の閉鎖に伴う社会構造の変化によるものだと考えている。
少しでも会員を増やせないかと考え、海外会員制度を設けている。海外の方に活動をよく理解してもらうため、薬学会や各部会のホームページの英語化を進めている。毎年3月に開く年会でも、英語セッションの充実に向け組織委員会と共に取り組んでいる。
薬剤師の会員も増やしたい。支部によっては、薬剤師会や病院薬剤師会と合同で学術大会を開催している地域もある。こうした交流を活発化し、より多くの薬剤師に薬学会活動に参加してもらえる方策を考えたい。
財政安定化に向け経費削減
――財政の安定化も課題だ。
薬学会は東京都渋谷区に8階建てのビル、長井記念館を所有している。30年後のビル建て替えに向けて、今から資金の確保を進める必要がある。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて開始した会議のオンライン化を定着させるなど、経費の削減を進めたい。
支出額が大きいのは、毎月発行している機関誌「ファルマシア」の費用だ。印刷や郵送に要する費用が大きい。オンライン化すると出費を抑えられる。実現に向けて委員会で具体的な検討を開始している。検討結果を踏まえて今後、理事会で1年以内に是非を判断することになるだろう。
長井記念薬学研究奨励金事業の支出も大きい。薬学会は、大学院博士課程への進学者に月額5万円の研究奨励金を貸与し、博士号を取得した場合には返還を免除する制度を設け、進学を後押ししてきた。同事業は、創薬と育薬の両面の発展に向けた多様性のある薬剤師の輩出と薬学研究の幅広い活性化を目的に、研究を続ける意欲のある人を支援したいとして開始したもので、今後も続けたい。
一方、その後の追跡調査によって、研究奨励金を得て博士号を取得した多くの人が研究活動から離れてしまっていることや、薬学会を退会していることも明らかになっている。今後の理事会で、奨励金貸与者の条件見直しなどを話し合った上で、今年夏頃に示す22年度の募集要項に結果を反映させたい。