新型コロナウイルス感染症の第5波は、デルタ株の猛威によって東京をはじめ首都圏で医療崩壊をもたらした。デルタ株の脅威に対して、1日でも早いワクチン接種が推奨されている。既にワクチン接種のエビデンスは明らかで、2回接種後の重症化率は極めて低いとのデータが示されている。
一方で、依然としてワクチンそのものへの拒否感や副反応への恐れから、治療薬に期待する声も大きい。特に話題となっているのが抗寄生虫薬「イベルメクチン」である。
イベルメクチンについては、現時点でプラセボと比較した二重盲検ランダム化比較試験で新型コロナウイルス感染症に対する有効性は認められていない。北里大学病院が実施中の医師主導治験、興和が実施中の企業治験の結果待ちという状況である。
これまでに、コクランレビューは「イベルメクチンの有効性と安全性は不確実」としているほか、規制当局の米国食品医薬品局(FDA)は新型コロナウイルス感染症への使用を承認していないと表明。欧州医薬品審査庁(EMEA)も臨床試験以外で使用しないよう勧告している。製造販売元であるMSDも「新型コロナ患者に対する臨床上の活性または臨床上の有効性について意義のあるエビデンスは存在しない」と声明を出している。
さらに、イベルメクチンが新型コロナウイルス感染症に有効としたメタ解析の論文についてはデータ捏造疑惑が発覚し、論文撤回に追い込まれている。それでも、イベルメクチンを求める声はSNS上を中心に日増しに高まり、東京都医師会長が使用に言及して会員から反論される騒動になったり、政治までも巻き込んだ事態となっている。
昨年話題となった「アビガン」を思い出す。首相が「5月中の承認を目指す」と表明し、治験結果を待たず観察研究の結果をもとに承認する方向に突き進み、国民からもアビガン待望論が噴出したが、最終的に中間解析データを受け、専門家から「時期尚早」と評価されたことで承認が見送られた。今度はイベルメクチンをめぐって同じような状況が生まれている。
なぜ、イベルメクチンが支持を集めるのか。昨年以上に厳しい第5波の状況で、ワクチン接種も強い副反応などから必ずしも国民の全面的な支持が得られていない中、古くから使われている国産治療薬で、しかもノーベル賞を受賞した発明である経口薬に期待が集まるのも理解できる。
しかし、現時点で客観的な有効性を示すデータが得られていない以上、冷静に治験の結果を待つしかない。イベルメクチンを個人輸入するケースも少なくないとされ、健康被害も懸念される。そのリスクを考えれば、誰もが納得できるデータが得られてからでも遅くない。治験で有効性を証明し、堂々と経口薬で新型コロナウイルス感染症を治療できる武器としてほしい。