製薬企業の医薬品開発で患者中心の発想が広がっている。厚生労働省も臨床試験に参加する患者の課題を解決するため、患者参画型の臨床試験に向けた基盤整備に着手した。治療手段がなく、病気を治したいと考える患者が主体的に臨床試験に参加できる仕組み作りがようやく始まろうとしている。
医療DXの推進で臨床試験の実施形態も変化している。中でも医療機関に来院せずに自宅や職場から試験への参加が可能な分散化臨床試験(DCT)への期待が大きい。
新型コロナウイルス感染症の影響により医療機関で臨床試験の実施が難しくなり、海外ではDCTが爆発的に増加した。国内でも患者が自らの体調や自覚症状をスマートフォンから報告する「電子患者日誌」(ePRO)や遠隔地から治験参加への同意を行う「eコンセント」などを導入した臨床試験が実施されるようになった。今後は、患者宅への治験薬直送やオンライン診療の活用、ウェアラブル機器を活用した被験者のデータ収集と広がっていくと見られている。
働き盛りの現役世代が臨床試験に参加する場合、入院や通院のための長期休暇が必要になり、治療と仕事の両立が難しく参加をためらう理由にもなった。製薬企業にとっても、複雑化が進む臨床試験実施計画の条件に合った患者を探し出すのは難しくなっている。DCTへのチャレンジは患者が臨床試験を身近に感じる重要な機会となるだろう。
ただ、課題も山積している。治験薬の特性や臨床試験の目的、被験者のニーズ、医療機関の実施体制に応じて、来院型臨床試験と自宅で参加可能なDCT、医師や看護師が患者宅を訪問する訪問型臨床試験を組み合わせたハイブリッド形式で実施せざるを得ないためだ。
DCTに必要なインフラや実施プロセスが整備されていない現状を考えると、臨床試験データの品質が担保できるか、試験実施への負荷やコストの不安もある。
臨床試験の変革に対し、医療機関からの理解が得られるかも重要な課題だ。院長の裁量で決められる診療所は前向きだが、院内ルールが精緻に整備されている大病院ほど慎重な姿勢と言われる。医薬品開発におけるDCTの意義やメリット、想定されているリスクや課題を洗い出し、製薬企業と医療機関、患者団体、その他ステークホルダーの関係者全員で前に進めていく努力が求められる。
必要な医薬品が日本で開発されないドラッグラグ、ドラッグロスの懸念は強まっており、ゼロベースで流通・薬価制度を見直す厚労省の検討会も立ち上がった。薬価制度の見直しも重要だが、臨床試験へのアクセスを確保する仕組みを産官学患で作り上げていくことも検討課題になる。成果が出るまで時間を要したとしても、患者に有効で安全な薬を届けられるよう日本版DCTを成功させてほしい。