理化学研究所や名古屋大学の共同研究グループは、昆虫が持つ異物代謝の仕組みを利用し、その体内で機能性分子ナノカーボンを合成させることに初めて成功した。昆虫内ナノカーボン合成は、分子合成において新たな選択肢を提供し、非天然分子の発見開発、応用につながるものと期待される。6日(日本時間)の科学雑誌「Science]オンライン版に掲載された。
昆虫は、植物の二次代謝産物や農薬などの異物に対し、高度な解毒システムなどの制御機構を発達させてきた。これまでの研究は、主にこれらの生物反応に関与する酵素の組成や反応性の解明に焦点が当てられたきた。
今回、同グループは、昆虫を生きた反応場として活用し、これまで選択的な官能基化が困難だった機能性分子ナノカーボンが昆虫の異物代謝経路を活用することで、わずか1段階で生産できると考え、昆虫内合成、物性測定、反応メカニズムの解明に取り組んだ。
まず、構造対称性の高いベルト状ナノカーボンであるメチレン架橋[6]シクロパラフェニレン([6]MCCP)を、異物代謝試験法が確立されている農業害虫である蛾の一種ハスモンヨトウの幼虫へ、人工飼料に混ぜて経口投与した。2日後にこの幼虫の排泄物から、酸素原子が導入された新規誘導体[6]MCCP-oxyleneを単離・精製し、質量分析やNMR、X線結晶構造解析によって構造を決定した。酸素原子の導入によって[6]MCCP-oxyleneは、[6]MCCPにはなかった蛍光特性を獲得していた。
昆虫内ナノカーボン合成に関与する酵素を特定するため、[6]MCCPを摂食した幼虫の腸を用いたRNAシーケンス解析とリアルタイムPCRを実施すると、代謝酵素のシトクロームP450(CYP)が酸素原子導入に有用な役割を果たしていることが示唆された。
また、RNA干渉法を用いて、CYP変異体群の遺伝子発現を抑制し、[6]MCCP-oxyleneの生産量への影響を確認することで、特に、チョウ目昆虫に特異的な遺伝子CYP6B2の遺伝子多型であるCYP X2とX3が[6]MCCPの昆虫内ナノカーボン合成に関与していることが示唆された。さらに、CYP X2やX3を遺伝子導入した大腸菌を用いた異物代謝試験を実施し、これらのCYPが[6]MCCPの酸素原子導入に関与することを明らかにした。
昆虫内ナノカーボン合成の基質(酵素の作用を受けて反応を起こす物質)選択性を評価するため、異なるサイズの[n]CPPを用いた異物代謝試験を実施し、特定の環サイズ([6]CPP)に対してのみ酸素原子導入が進行することを発見した。また、蛍光特性を獲得すること、反応に関与する遺伝子がCYP X2であることを特定した。
これら昆虫内ナノカーボン合成の反応メカニズムを明らかにするため、まず、分子動力学シミュレーションを実施し、CYP X2やX3は、1分子に加えて2分子の[6]MCPPを同時に安定して包接できることが明らかになった。さらに、量子化学計算で通常想定されるエポキシドなどの中間体を経由せず、酸素原子が炭素-炭素結合に直接挿入されるという、全く全例のない反応メカニズムであることが分かった。
今回の研究から、生きた昆虫の異物代謝能力を利用した昆虫内ナノカーボン合成という新しい概念が提唱され、選択的に酸素原子を導入する機能性ナノカーボンが合成された。また、この反応のカギとなる酵素がCYP X2とX3であることを特定し、反応メカニズムが明らかとなった。
この成果は、化学的手法や物理的手法による合成・変換が常識的だった材料科学分野に「生体システムを用いた機能性分子創製」という全く新しい方法論を提供するもの。新物質創製の分野に大きく貢献するだけでなく、ゲノム編集技術や指向性進化法を用いることで、より広範な分子への応用が期待される。
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