第56回日本薬剤師会学術大会
和歌山県薬剤師会は会員の薬剤師を「災害薬事リーダー」として育成する独自事業に取り組んでいる。県内での災害発生時に各地域と県薬本部等を橋渡しする役割を担い、被災者への医薬品調剤やOTC提供が円滑に行われるように支援するもの。2018年度から研修や訓練を開始し、県内8地域で計50人を育成した。今年度も5月に訓練を実施。いつ起こるか分からない災害の発生に備えている。
南西に長い海岸線を持つ和歌山県は、近く発生すると予想される南海トラフ地震によって大きな被害を受ける可能性がある。災害発生時には、災害派遣医療チーム(DMAT)など県外の支援班と県内の医療従事者が協力して、救護所等で被災者に医療を提供する。医薬品調剤やOTC提供を円滑に行うために、県薬本部等との橋渡し役となって各地で活躍できる薬剤師を災害薬事リーダーとして育成している。
こうした人材を育成する契機となったのは、16年に発生した熊本地震。和歌山県薬の救護班が現地へ出向き、様々な教訓を得たという。
和歌山県薬常務理事で災害対策委員会委員長の大桑邦稔氏(和歌山県薬おくすりセンター薬局・薬事情報センター)は、「熊本県薬剤師会の少数の担当者に業務が集中し、大変そうに見えた。災害発生時に活躍できる薬剤師が各地に存在し、業務を分担できればいいと考えた」と振り返る。
国は、各都道府県に「災害薬事コーディネーター」の設置を要請しており、和歌山県でも第8次医療計画に役割や担当職種等が明記される見通しだ。詳細はまだ固まっていないが、大桑氏は「われわれが育成した災害薬事リーダーの中から、災害薬事コーディネーターになる薬剤師が現れ、災害発生時には両者が連携して取り組むことを期待している」と語る。
独自のソフトウェアを開発‐被災者の処方情報など管理
和歌山県薬は、熊本地震の支援に出向いた経験を生かし、災害発生時に薬剤師が救護所等で使用する独自のソフトウェアも開発している。
名称は「わかやま-PDASS」。救護所に持ち込んだパソコンでソフトウェアを立ち上げて、被災者の氏名や居場所、連絡先、既往歴、アレルギー歴、処方情報等を入力して管理できる。厚生労働省の医薬品マスタを取り込む機能もある。プリンタと接続すれば薬袋の発行や、医薬品名等を記載したおくすり手帳貼付用シールの印刷も可能だ。
熊本地震では、医薬品名や用法、用量を手書きで薬袋に記載し、患者に渡していた。手間や時間がかかるだけでなく、判読しづらい手書きの文字は、誤薬につながる可能性もある。こうした反省をもとに18年に開発した。このソフトウェアをいつでも使えるように、災害薬事リーダーは訓練を積んでいる。
和歌山県薬は14年に、災害時の医薬品調剤など薬局機能を有した災害対応医薬品供給車両(モバイルファーマシー)を導入。全国の薬剤師会で3番目の早さとなる導入で、熊本地震の支援でもモバイルファーマシーが活躍した。
一包化や散剤の調剤に使える分包機や保冷庫を備え、水や電気を使える。当初は車内にトイレやシャワーを設置していたが、救護所での活動には不要であることが分かり、後に撤去。空いたスペースに医薬品保管庫を新設した。
災害時に薬局として機能する有用性が認められ、和歌山県の「地域防災計画」や「災害時医薬品等供給マニュアル」には、モバイルファーマシーの文言が盛り込まれている。和歌山県と県薬の協定内容として「災害時、県の要請に基づき、指定された場所に薬剤師・モバイルファーマシーを派遣」と記載。災害発生時には、モバイルファーマシーを薬局と見なし、卸から医薬品を購入できることが明示された。
大桑氏は「モバイルファーマシーが救護所から医薬品を卸に発注することは法的にはグレーだったが、こうしてマニュアルに明記されることで、業務をやりやすくなる」と強調する。
災害時、モバイルファーマシーから卸に医薬品を発注できるシステムも確立した。ケーエスケーのシステム「PharPlus」を利用したもので、複数の卸を対象に利用できる。購入費は和歌山県薬の会営薬局で精算する仕組み。これでモバイルファーマシーの機動力がさらに高まった。