実施環境づくり‐施設と企業・CROが対話を
難治の癌に対する新たな治療法を提供する可能性がある細胞・遺伝子治療(CAGT=Cell&Gene Therapy)には、医療従事者、患者の双方から高い期待が寄せられている。しかし、既存モダリティの臨床試験とは異なる実施体制が必要な上、グローバル試験の中で日本も実施するには様々な課題がある。日本でCAGT臨床試験を促進するために必要な取り組みは何か。IQVIA「CAGTサイトネットワーク」の中心的メンバーの国立がん研究センター東病院の土井俊彦先端医療科長にお聞きした。
ドラッグロス改善には協業
――CAGTの国内臨床試験の現状について教えてください。
CAR-T療法に見られるように、治療方法がない患者さんへ新たな治療オプションの提供が期待されている領域であり、海外では国を挙げて研究開発支援を進めている。研究開発は拠点化され、細胞製造、輸送・保管、規制対応を含め企業が集まってクラスターを形成し、そこで一気に複数のシーズを開発していく。
日本ではそのような共創体制が脆弱で、海外に出遅れているという印象だ。
日本の基礎研究は主にアカデミアが担っているが、ほとんどの研究機関は機関外で細胞の製造、輸送・保管などの機能を必要とせず、施設の集約化やビジネス化につながらない要因だ。
そこで、国立がん研究センターをはじめ、固形癌・血液癌領域での臨床試験経験を豊富に持つ国内10施設がIQVIAの「CAGTサイトネットワーク」に参加して臨床試験のプラットフォームを整えようとしている。
これまで、CAR-Tの臨床試験は血液領域で先行していたことで、どうしても細胞の調製、製造は血液領域にとって最適化されがちであったが、固形癌でも同様のことが言える。このような領域別の偏りや分断化が非効率を生むので、東病院ではシェアリングを原則に進めてきた。共通のSOPを整え、それに基づき同時進行で複数臨床試験を進められる体制にある。細胞製造の機能はないのでCDMOの支援を得つつ、一貫性を持って推進可能であり、このような経験も生かせるのではないか。
――日本を含む形でグローバル臨床試験を行う際の課題は何ですか。
2022年12月に、CAGTサイトネットワーク10施設の先生方に参集いただき、ラウンドテーブルを開催した(薬事日報23年3月8日号掲載)。臨床試験実施上の院内体制など様々な課題が挙がり、解決の方向性が話し合われた。
日本に特有の手順、施設の約束事があって分かりにくいとの声がある中、外資系企業は日本で臨床試験を実施することに躊躇してはいないか。一方、施設側としても、企業担当者から試験の要件や手順について打診されるも、協議の余地なく海外で実施済みの要件や手順に沿った体制構築を余儀なくされるケースがある。
そこで、デフォルトの手順書を決めて、その一定の了解を得た上で、臨床試験のプロトコルを定めていくことが効率的ではないかと考えている。
――東病院ではどのように手順書を整えたのでしょうか。
米国のシカゴ大学を視察で訪れた際の知見を生かし、当院でアレンジしたのが今の仕組み。細胞製造を担われるシーズ提供者の方、CROの方、iPS細胞製造されている先生方と協議し、相互の共通項を抽出して構築した。臨床試験に携わる関係者が話し合えば、標準化は可能だと考えている。
外資系企業のグローバル本社にもご理解いただけるように、目線を整えていくことが必要だと思う。だからこそグローバル展開している企業、CROの方々のサポートが必要だ。
――ラウンドテーブルでは、製品ごとに規格が異なり、管理、手順が煩雑との声も上がっていましたが、共通項が見出せるということですね。
GCPで遵守すべき品質保証上のポイントがあり、そこをきちんと押さえることが大切。例えば、再生細胞医療製品の到着時間が遅れた場合、どこまで品質保証が可能か。保証可能な範囲で、重大な逸脱とせず、逸脱だけを記録し、そこを企業・CRO、医師など携わっている関係者のコンセンサスを得て運用していくことが大事だと思う。
この点について日本ではCAGTの臨床試験を実施する施設が限られており、模索段階にある。
――CAGTの研究開発を日本で促進・加速化を図るには施設内だけでなく、施設側と企業・CRO側との対話が必要だということですか。
外資企業の中には一部、実施体制がないから日本には臨床試験を持っていかない、日本で実施して何のメリットがあるのかなど認識をお持ちかもしれないが、それは日本の実施体制に関する情報提供が十分に行われていない側面もあると思う。
例えば新興バイオファーマなら、日本の実施環境を熟知しているCROの支援が有効になる。グローバルCROは海外での経験が豊富で、製薬企業の考え方もよく知っているはず。
海外を含めた知見・経験を持つ企業・CRO側と施設側が情報交換しつつ、より良好な臨床試験環境の整備・構築が必要な段階に来ていると認識している。
施設側に依頼する際、製薬企業作成のプロトコル確定後では、施設で迅速かつ柔軟な準備は困難であり、より早期から対話を重ねながら進めていくことが大事だ。
そのような共創体制が日本のドラッグラグを改善することにつながるだろう。
――貴重なお話ありがとうございました。