東京大学大学院薬学系研究科 水野 忠快
ドラッグリポジショニングの成功例や予期せぬ有害事象が示すように、薬物の作用は複合的で、開発者が認識していない側面をも含む。このような「医薬品の認識されていない作用」を理解、また活用するため、当研究グループでは生体応答のパターン認識を標語に掲げ、研究に取り組んでいる。
認識されていない対象を認識するためには、対象を認識可能な「まな板」に載せる必要がある。薬物の作用は薬物への生体応答と見なせるため、例えば薬物処理を施した細胞や個体の網羅的なデータ(オミクスデータ等)を取得することで、薬物の作用を恣意性なく数値化できる。
しかし、高次元データの特性をヒトは認識できない。一般に冗長な高次元データより、本質的な情報をデータ駆動型に見出す枠組みとしてパターン認識がある。パターン認識により、レーダーチャートのように、ヒトが認識可能なデータへと高次元データを変換可能となる。ここまでくれば「薬物の作用」というあやふやな対象は、少数の変数で表現でき、各変数を既存知見と突合することで、既知は既知、未知は未知として認識できるようになる。
前記の思索に基づき、アゴニズム・アンタゴニズムを考慮した作用分離解析手法、自然言語処理の援用により既存手法の課題を克服した免疫細胞比率推定手法、毒性病理画像の表現学習モデル等を開発している。そして開発した手法を用い、FDA承認薬の新規作用の発見、準網羅的な免疫細胞種の比率推定、および反復投与試験後期の所見予測、などを達成している。
薬物の認識されていない作用は、既知なものの認識されていない場合と、未知のため見過ごされている場合とが存在する。前述の方策は、データ駆動型に生体応答の全体集合を定義して俯瞰することで、双方のケースを認識可能とする。これらの概念は様々なデータ型に適用可能であり、今後も医薬品開発上の課題解決と薬物の作用理解深化に向け、尽力したい。