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第21回国際高血圧会議(ISH2006 Fukuoka)は、10月15019の5日間、「Global Challenge for Overcoming High Blood Pressure」をテーマに福岡市の福岡国際会議場をメイン会場として開催される。日本での開催は、18年前の京都開催以来2回目となる。今回の学会は、特に第5回アジア・太平洋高血圧学会(APSH)と第29回日本高血圧学会(JSH)がジョイントで開催されるのが大きな特徴となっており、アジア全体で国際会議を盛り上げる。荻原俊男国際高血圧学会学術会議会長(大阪大学大学院医学系研究科老年・腎臓内科学教授)に、学会の見どころを聞いた。
””国際高血圧学会が日本で開かれるまでの経緯をお聞かせください。
荻原 本学会は、2年に一度世界各国で開催されています。最近は、アムステルダム、シカゴ、プラハ、サンパウロと続いてまいりました。今回の福岡での開催は、名誉会長の一人である荒川規矩男先生(福岡大学名誉教授)が、国際高血圧学会の理事長をされていたころに決定したものです。
””第21回国際高血圧学会のコンセプトを教えてください。
荻原 今回は、第5回アジア・太平洋高血圧学会(APSH)と第29回日本高血圧学会(JSH)の共同開催で、アジア全体で国際会議を盛り上げようと考えています。今学会のテーマは、「Global Challenge for Overcoming High Blood Pressure」で、世界レベルで大きな問題となっている高血圧の制圧に向けた議論を基礎研究から臨床研究に至るまで幅広く展開する予定です。副会長の猿田享男先生をはじめ、多くの先生方のご協力を得て学会の準備を進めてまいりました。
””日本での国際高血圧学会開催には、どのような意義がありますか。
荻原 わが国は、20030年のわずかな間に脳卒中の半減を実現させました。その結果、世界の最長寿国にもなりましたが、その背景として「高血圧の管理」が与えた影響は大きいと考えます。
日本の高血圧研究は、臨床研究では、狭心症薬として開発されたCa拮抗薬の降圧効果の発見と臨床応用、ACE阻害薬の糖尿病性腎症での蛋白尿抑制効果の発見、ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)の基本骨格の発見など大きな功績を残しています。
一方、基礎研究でもレニンの精製、多くの血管作動性ペプチドの発見など世界の高血圧研究・治療に大きく寄与してまいりました。アンジオテンシン受容体のクローニングとその後の研究に日本人研究者が果たした役割が大きいことも広く知られています。
わが国の高血圧研究と治療のレベルは高く、世界に誇るべき役割を果たして来ました。このような経緯におきまして、日本で世界的な高血圧学会を開催できることは非常に意義深く、また、高血圧研究に携わる者にとって非常に光栄なことであると強く認識しています。
””ISH会長講演、APSH会長講演や、Plenary lectureについてご紹介ください。
荻原 ISH会長講演は、MHアルダマン先生が「食塩と高血圧」をテーマに講演されます。APSH会長講演は、私が「高血圧の分子生物学」についてお話しします。Plenary lecture、State-of-the-Artsなど学会の成否にかかわる大切なセッションについては、Anna Dominiczak先生、藤田敏郎先生、島本和明先生の3人をChairとするExecutive Program Committeeが中心となって、Organizing Committeeの意見を広く取り入れてプログラミングしました。また、竹下彰先生、堀内正嗣先生らが中心になって企画を立てられたBreakfast Topical Workshopは、新しいトピックスが盛り込まれた興味深いセッションになっています。
””Late-Breaking Sessionの内容について教えてください。
荻原 国際学会で最も注目を集めるのが、大規模臨床試験の発表や基礎研究でのLate-Breaking Sessionです。本学会では、日本高血圧学会が後援しています高血圧患者に対する大規模臨床試験のJATOSとCASE-Jの主要結果が発表されます。JATOSは、高齢者高血圧に対して、エホニジピンを第一次薬とした時の降圧目標をどの値に設定すればよいかを検討するための140mmHg未満群と160mmHg未満群との比較介入試験です。
これまで、高齢者の高血圧患者における降圧目標は、臨床に携わるドクターの判断によるところが大きかったと言ってよいでしょう。JNC-VI、WHO/ISH、JSHなどのガイドラインが出ましたが、 それらの高齢者の至適血圧目標値は大規模臨床試験に裏付けられたものではありませんでした。JATOSでは、科学的根拠に基づいた適確な指標を与えてくれるものと期待しています。
一方、CASE-Jは、わが国におけるハイリスク高血圧患者での心血管系イベントの発生を指標に、カンデサルタン(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)とアムロジピン(Ca拮抗薬)の有効性を比較検証する大規模臨床試験です。CASE-Jは、代表的な大規模臨床試験の一つで、日本全国から3000人の症例を募ったものであります。
最近では、ARBがACE阻害薬よりも処方数が多く、その科学的根拠として大規模臨床試験で証明されたARBの腎症改善効果や糖尿病発症抑制効果などが挙げられています。日本ではCa拮抗薬がスタンダードですが、メタボリックシンドロームの増加もあり、ARBに関する諸外国の大規模臨床試験結果が日本人にも当てはまるのかどうかCASE-Jの試験結果が注目されるところです。
その他、国内外からPHARAO、JIKEI-HEART、INNOVATION、SMART、J-HEALTHの主要結果発表、TROPHY、ASCOT、VALUE、FEVERの新しいサブアナリシスの結果発表が予定されています。
””一般演題については如何ですか。
荻原 約200題の口演発表と、1300題以上のポスター発表が行われます。応募演題の半数は日本からのもので、発表にできるだけ国際性を取り入れるため、日本からの口演演題の採択はやや厳しくしましたが、最新の内容を含めてサイエンティフィックで非常に興味深いセッションを数多く企画することができました。
””最近の高血圧の研究で注目されているテーマを教えてください。
荻原 遺伝子学と高血圧、レニン-アンジオテンシン系におけるプロレニン、メタボリックシンドロームと高血圧、酸化ストレスと高血圧などの研究が最近の話題になっています。さらに、わが国で報告された血圧調節物質バゾプレッシン受容体の研究も注目されています。
高血圧遺伝子については、わが国もミレニアムプロジェクトで高血圧の候補遺伝子をいくつか同定されつつありますが、まだ決定的な遺伝子は見つかっていません。高血圧遺伝子が明らかにされれば、患者さんの遺伝子情報に従って適切な薬剤を選択するファーマコゲノミクスなどへの応用が期待されています。
今年の国際高血圧学会では、メタボリックシンドロームに関する研究の演題が目立ちます。肥満やインスリン抵抗性、糖尿病と高血圧は密接な関係にあり、そのメカニズムを解明する発表などが多数あります。近年のメタボリックシンドロームの増加から、同研究は今後ますます重要になるでしょう。
””新しい高血圧治療薬の発表はありますか。
荻原 ARBは、まだまだ新しいものが開発されているようです。利尿薬とARBなどの配合剤についても新しいデータがかなり出揃っています。また、Poly Pillのセッションでも興味深い発表があります。
””その他の学術企画やAwardではどのようなものがありますか。
荻原 学会スポンサーとの共催によるサテライトシンポジウム、ランチョンセミナー、イブニングセミナーが開催されます。これらの企画においても多くの国内外の著名な先生方が招待されていますので、ぜひご参加いただきたいと思います。また、学会前後に、国内14ヵ所と中国2ヵ所でInvestigator-Initiated Satellite Symposiumが開催されます。
一方、若手研究者に向けたAwardは多数設けられています。Austin Doyle Awardは、卒後5年以内の応募者を対象としたもので、応募者の中の高得点演題6題の発表から最優秀賞1人を選出します。さらに今回は、APSHとの共同開催でもあるため、アジア・太平洋地区からの40歳以下応募者を対象にAPSHA wardが設けられました。受賞者14人は既に決定しており、そのうちの6人が学会(18日)で口演発表した後に最優秀受賞者が選出されます。
The Biochemical Societyの学会誌であるClinical Scienceの冠をつけたClinical Science Awardは、40歳以下のポスター発表者の高得点演題から1人に授与されます。また、日本高血圧学会からの資金をもとに、高得点演題の中から日本人若手研究者70人、アジア地区からの若手研究者5人にJSHA wardsが授与されます。その他、若手研究者ならびに経済的支援の必要な国からの参加者合計200人強の研究者に対して、世界各地からの学会参加を援助するためのTravel Grantが渡されます。
””高血圧管理のための「福岡宣言」の宣言が予定されていますが、その狙いを教えてください。
荻原 世界中から多くの高血圧研究者が福岡に集まるのを機会に、国際高血圧学会理事長のアルダマン先生と共同で、予防医学からの見地を踏まえ、世界レベルでの高血圧制圧に向けた「福岡宣言」を発表する予定です。
高血圧は、研究の進歩に加え、啓蒙活動や行政レベルでの対応が重要となる疾患です。特に、降圧療法が発達したにもかかわらず、国内においてもまた世界レベルでも十分な降圧に至っていないのが現状です。
世界レベルでの高血圧制圧は、医学的な問題のみならず、高血圧に基づく脳卒中や心血管疾患による障害の発症は患者さんやそのご家族のQOL低下を招くため、社会的問題であることを認識する必要があります。このような観点からも本学会が世界の高血圧制圧のMilestoneになることを期待しています。
””最後に大会長からのメッセージがあればお話しください。
荻原 割引のある事前登録は、9月7日に締め切りましたが、当日参加も受け付けておりますので、是非福岡へ足をお運びください。当学会は、国内学会と比較して高額な参加費ではありますが、多くの招待演者だけでなく、発展途上国からの参加者への援助や、若手研究者への援助、さらには国際高血圧学会本部の世界的な高血圧制圧活動の資金にも使用されますことをご理解いただきたく存じます。
また、有料ですが、九州交響楽団によるコンサートの開催や、九州地方の伝統芸能も多く取り入れ日本の祭りを再現するGala Eveningなど文化交流の場も設けています。先生方の多数のご参加をお待ちしています。詳しくはホームページ(http://www.congre.co.jp/ish2006)をご覧ください。