日本製薬工業協会専務理事 川原章
慌ただしく過ぎた2015年も年末を迎えた。本年は数年後に振り返れば、恐らく大きな変革期であったと思われる年になるものと思われる。
具体的な変革の事象としては、
[1]日本医療研究開発機構(AMED)の発足をはじめとする研究開発基盤の整備が進展したこと
[2]骨太方針2015に後発医薬品の使用推進と共に成長戦略に資する創薬に係るイノベーションの推進が盛り込まれ、それを具体化するための施策として「医薬品産業強化総合戦略」が取りまとめられたこと
[3]この総合戦略を踏まえた次期薬価制度改革(特例再算定など)の議論が行われたこと
[4]国際薬事規制調和戦略の策定や新しいICH協会の発足など国際展開のための環境整備も進められたこと
[5]先駆け審査指定制度などの薬事制度の整備が進んだこと
――などが挙げられる。
このうち、4月のAMEDの設立は、イノベーション(革新的な新薬の研究開発)を促進するための好意的な施策であり、研究開発型製薬産業が本来の社会的役割に邁進するための体制整備が一層図られることとなった。
創薬支援ネットワーク機能も医薬基盤研究所から円滑に移管され、先日はアカデミア発創薬シーズの支援としての「産学協働スクリーニングコンソーシアム(DISC)」の発足式も行われ、業界とAMED側の連携も強化されている。これら連携が医療に貢献する製品に早く結実することを期待したい。
なお、クリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)に代表される臨床研究・治験の基盤整備なども引き続き期待される状況は変わらない。
一方、次期薬価制度改革は財政事情等を反映して、今回も業界に対して厳しい内容でまとめられつつあり、イノベーション否定につながるとの懸念表明にも関わらず「特例再算定」なる制度の導入も固まりつつある。さらには新薬のアクセス阻害につながる恐れのある費用対効果制度の試行的導入も決定している。
このような中、17年4月に先送りされた消費税率10%への引き上げに際し、市場実勢価格調査を伴う方式での薬価の連続改定につながることには、関係団体と共に断固反対の立場を貫かねばならない情勢にある。前回改定以降、長期収載品を中心として想定以上の厳しい影響に見舞われている状況で、このような連続改定が行われた場合、新薬研究開発等へ甚大な悪影響を及ぼすことが懸念されている。
いずれにしても、医療に貢献する新薬創出が健康長寿社会の実現にとって極めて重要なものであるとの理解と共に、イノベーションの価値が適切に評価される薬価制度の存在がこれを支える産業政策として重要であることを、引き続き関係者に十分理解してもらう必要がある。
「企業活動と医療機関等との関係の透明性GL」については3回目を迎え、公開方法についても透明性向上の観点から改善が進められた。これら業界の真摯な取り組みについては、既に「臨床研究のあり方に係る検討会」の取りまとめに反映されているが、関連する可能性のある臨床研究の法制化の動きについては遅れており、今後の動向を引き続き注視する必要がある。
昨年から今年初めにかけて大流行した西アフリカのエボラ出血熱は制圧されたが、日本企業の開発した抗インフルエンザウイルス薬が治療薬としての可能性を有すること等も注目を集めることとなった。
さらに本年は、北里大学の大村智特別栄誉教授がアフリカ地域のオンコセルカ症(河川盲目症)の人々を失明から救った治療薬イベルメクチンの発見によりノーベル医学・生理学賞を受賞したこともあり、改めて研究開発型製薬産業に対しグローバルヘルス貢献への奮起が促されたと受け止めなければならないと考えられる。
また、国際薬事規制調和戦略の策定や新しいICH協会の発足など、国際展開のための環境整備が進展したことから、今後より具体的な国際展開のための取り組みが求められていると考えられる。
国際関係では長い停滞が続いていた隣国の日中韓関係についても関係改善に向けた動きが顕著になっており、国際展開という観点から今後、特に東アジア地域を中心とした国際協力・協調に重点を置く必要が高まってくると思われる。
なお、本年新たに医療現場に投入された薬剤として、ほとんどの患者においてC型肝炎の完治が期待できる低分子薬の経口ウイルス薬の一群についても記しておく必要があると思われる。皮肉にも「特例再算定」制度なるものの対象としても想定されることになってしまったが、将来にわたる肝硬変・肝癌などのリスクを取り除く画期的薬剤として、低分子成分の経口薬が実地臨床使用にまで漕ぎ着けたことは正当に評価されるべきと思われる。
製薬協は、厚生労働省の策定した「医薬品産業強化総合戦略」に呼応する形で「製薬協 産業ビジョン2025」の取りまとめを行っており、これを16年初に会長から公表することを発表した。
研究開発型医薬品産業を取り巻く環境が厳しさを増す中、今後とも革新的な新薬の継続的な創出に邁進し、科学技術の発展への貢献、健康長寿社会への貢献と共に、経済成長への貢献を担うことが求められる状況には変化はないと思われるが、これに加えて国際展開なども大きく期待される情勢となっており、今後10年に向けどのようなビジョンが示されるのか、皆様にも注目していただきたいと思っている。