日本製薬工業協会専務理事 川原章

トランプ政権の誕生で幕を開けた2017年は、国際的に激動の年であった。トランプ政権は年末になって「イスラエルの首都をエルサレムに認定する」というイスラエル寄りの姿勢を鮮明にし、中東が再び不安定になるのではということで懸念が広がっている。
しかし、それまでは核・ミサイル問題を中心とした北朝鮮情勢の悪化が朝鮮半島有事に至るのではないかと危惧される状況であった。ひとまず、軍事衝突はない状況で越年しそうであるが、識者の中にも来年は米国の中間選挙なども控えていることから予測不能とコメントする方もおり、北朝鮮情勢は東アジアの不安定要素として当面気がかりな状況が続きそうである。
英国のEU離脱(Brexit)に伴う交渉は紆余曲折を経ながらも進展し、来年初めには基本的な枠組みが固まるようである。現在、ロンドンにある欧州医薬品庁(EMA)の移転先も11月末にオランダ・アムステルダムと決定した。
具体的な移転時期などは明確にされていないが、誘致先として最後まで競争を繰り広げたイタリア・ミラノに比べるとアムステルダムはロンドンから近く、要員確保等で有利なことから、EMA移転の影響がより小さくて済むとの安堵の声が漏れ聞こえてきている。とはいえ、欧州における医薬品審査等の集団協業体制に何らかの変化がもたらされることは間違いなく、引き続きわが国への影響を注視する必要がある。
このような不安定・不透明な国際情勢の中、国内的には次期診療報酬・介護報酬同時改定に際し、薬業界としては未曽有の荒天の年末に突入した感があった。1年前に「薬価制度の抜本的改革について」の四大臣合意がなされ、それに基づく厳しい見直しの議論が年初から続いてきた。「国民皆保険の持続性」と「イノベーションの推進」を両立し、国民が恩恵を受ける「国民負担の軽減」と「医療の質の向上」を目指すという、これまでにない高次元の基本方針を基にした抜本的な見直しであった。
研究開発型製薬産業の集まりである製薬協としては、財政の制約が強まる中にあって、医療の重要性や医薬品開発の有する意義についても両立するよう言及されていたことで、いくらか期待もした。しかし結果は、「新薬創出・適応外薬促進等加算」が、最終調整段階でいくらか見直しされたとはいえ、対象範囲が新薬の一部に限定されると共に、新たな企業要件の導入によって加算に区分を設けることにより、大幅に対象範囲が削減される形で見直される方向となった。
また、財源面でも前回改定を上回る薬価部分への切り込みが明確となった。このことについては、新薬への研究開発投資を回収できないリスクを高めるなど、大変残念な方向であると言わざるを得ない。調整に当たられた関係各位には敬意を表するものの、これまでの薬価面からも創薬イノベーションを支援してきた流れに逆行するもので、新薬研究開発ひいては国民の新薬へのアクセス等へ悪影響を及ぼすことが懸念される。
なお、セットで議論されてきた長期収載品の薬価見直しを含む他の事項も本稿が掲載される年末の予算決定時までに決着を見るのであろうが、毎年改定の詳細や費用対効果評価の運用面など、今後の議論に委ねられた部分もあり、業界として今後に残された問題も少なくないと考えられる。
医療分野の研究開発基盤の整備という面からは、日本医療研究開発機構(AMED)が設立3年近くを経過した。AMEDとPMDAをはじめとする関係機関やアカデミアとの連携も年々強化され、存在感も増してきている。製薬協としても、官民共同事業という形で「生物統計家育成支援事業」の2年目に入ることができたほか、会員企業による他の連携・共同事業も進展しており、今後の成果に結びつくことが期待される。
もちろん、AMEDの組織・人員・予算等の規模は米国NIHと比較できるレベルには達しておらず、今後も充実強化が図られるよう働きかける必要があるが、本年度は補正予算を活用する形で、新事業として「医療研究開発革新基盤創成事業」(CiCLE事業)が加わった。このことについては大いに評価し、関係各位の尽力に対し敬意を表したい。
今回の薬価制度改革については、新薬創出への投資が生かされる研究開発型製薬産業の収益面に一部暗雲が垂れ込めてきたと言って間違いないであろう。研究開発型製薬産業にとって予見性が危ぶまれる、いわば厳冬期とも言える様相を呈してきたとも言える。
一方、厳しい財政事情にもかかわらず、国の研究開発支援施策という面からは着々と整備が進んできているとも言えるであろう。ただ、診療報酬などの医療費の規模と新たな治療法を切り開く医薬品などの研究開発への予算規模の比較・バランスについては議論の余地があるように思われる。
また、医薬品は極めて国際的な商品である。主要社の収益の過半は既に海外からになっているとの話も聞く。しかし、日本自らが創薬に適した環境を有し続けていることが海外諸国から見ても、日本発の薬剤を受け入れるうえで説得力を有する重要な点であることは間違いない。
製薬協は2年前に「製薬協産業ビジョン2025:世界に届ける創薬イノベーション」を発表した。この中には次の五つのビジョンが描かれている。[1]先進創薬で次世代医療を牽引する[2]世界80億人に革新的な医薬品を届ける[3]高付加価値産業として日本経済をリードする[4]健康先進国の実現を支援する[5]志高き信頼される産業となる。
今一度このビジョンを思い返し、厳冬期とも言える時代に突入した感のあるこの時期を耐え、再び研究開発と国際展開を通じて医療への貢献を目指す契機とすることを願わずにはいられない。