塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症経口治療薬「ゾコーバ錠」が緊急承認された。薬事・食品衛生審議会の合同会議で委員1人が反対する中での了承となったが、6月の審議会で国内第IIb相試験の有効性評価で意見が分かれ、緊急承認の可否判断が先送りされたのに続き、7月の合同会議では全会一致で継続審議が決まるなど、紆余曲折の末の審議であっただけに後味の悪さが残った。
焦点となった第III相試験は、主要評価項目や有効性の主な解析対象集団を変更して実施された。その結果、オミクロン株流行期に特徴的な鼻水や咳の呼吸器症状等の5症状の消失までにかかる時間がプラセボ群と比べて約1日間短縮し、主要評価項目を達成した。このわずか1日という効果をどう考えるか、医師らの間でも議論がある。
主要評価項目の変更は本来、禁じ手だ。医薬品医療機器総合機構(PMDA)も審査報告書で「キーオープン直前に主要評価項目や有効性の主要な解析対象集団等の変更を行ったことは、盲検下であっても試験結果の信頼性を低下させる行為であり、適切ではなかった」と認めた。
それでも、変異を繰り返すオミクロン株の流行下で開発が行われたことなどを踏まえると「臨床的に一定の合理性があった」と結論づけ、新型コロナウイルス感染症に対する有効性の推定に足る情報は得られたとの判断を下した。
塩野義製薬の手代木功社長は記者会見で、症状改善効果について「たった1日かと考える医師もいるという認識はある」と認める一方で、抗ウイルス薬であることを強調。「他の経口コロナ薬と比べて負けていない」と自信を示した。緊急承認はスタートラインとして、ウイルス量の低下と臨床症状の改善を評価するため、育薬に努める姿勢を強調したのは当然だろう。
日本感染症学会は、ゾコーバ緊急承認を受け「COVID-19に対する薬物治療の考え方」(第15版)をまとめ、軽症者向け抗ウイルス薬について「症状を考慮した上で投与を判断すべき」との考えを示して慎重な使用を要請。高熱、強い咳症状、強い咽頭痛などの臨床症状がある人に処方を検討することを求めた。
依然として懐疑的な見方も根強い中、何とかスタートラインに立ったゾコーバだが、緊急承認された以上、1年間の猶予期間で市販後のエビデンスを積み上げ評価を確立できるかが最大の焦点となる。
危惧されるのは、慎重な判断が求められる中でも「特効薬」とばかりに不適切な使用が広がることだ。併用禁忌薬が多いだけに、しっかり安全性監視を行っていかなければならないし、国民にも過度な期待から安易にゾコーバを求めることがないよう注意喚起を行っていくことも必要だ。
今後の臨床現場での評価によってゾコーバの価値が決まる。正式承認か承認取り消しか、その真価はこれからの適切な育薬にかかっている。